「ホタル帰る」特攻隊員と母トメと娘礼子                       2003年5月

 今年の3月頃、戦争の話をネタにしたいのだけど・・と、師匠のシンセサイザーコウダンはじめ、何かとお世話になっている作曲家の羽野誠司さんに相談しましたら、ありがたい事に、この「ホタル帰る」という本を脚色してくれて、作者に上演許可もとって下さいました。原作はご存じの方も多いかと思いますが、鹿児島県知覧から出撃した特攻隊員たちに、母のごとくに慕われた鳥浜トメさんの話を、娘の赤羽礼子さんが口述したものです。羽野さんに同行して作者の赤羽礼子さんにご挨拶に伺いましたら、赤羽さんは「普通は断るんですよ。でもこの台本は原作の通りに書いてくれたので」と、喜んでいただけました。音楽以外にも羽野さんの知識と感性はすばらしく、こんな良い作品に出会えて講釈師として本当に幸せだと思います。しかしまた、この特攻隊員として死んでいった若者たちの気持ちを風化させず、その真実を伝えていかなければならない・・・講釈師冥利に尽きると同時に、この重いテーマに取り組む責任をひしひしと感じ、気持ちを引き締めております。

まずは現地取材からと、4月21日、鹿児島県知覧に行ってまいりました。

 「バスは右折して山道に入り、二車線のきれいに舗装された道をうねうねと上がっていく。木の間越しに鹿児島湾を遠望しながら登ることしばし、道は急に開けて峠を越えたことを告げる。」と、原作にもある通り、ここは鹿児島湾を望む峠です。ここから知覧の町に向かって、坂道を下っていきました。

 

 

 

 これは麓川。この川のほとりに、物語の舞台となった「富屋食堂」がありました。また、ここ知覧には江戸時代をほうふつとさせる武家屋敷街も残されており、とてもきれいな町でした。その武家屋敷は、門の正面に石塀をついたてのように配置してある珍しい構造で、敵の侵入をそこで防ぐためのものなのでしょう。常に臨戦態勢という薩摩武士の気構えを見たとき、特攻隊員達は何を思ったのでしょうか。

 

 

 これは特攻隊員達が寝泊まりしていた「三角兵舎」(復元)。かつての飛行場跡地に建てられた「特攻平和会館」の側にあります。ここまでの道の両側には、びっしりと、慰霊の石燈篭が並んでおります。

 

 

 

 

 三角兵舎の内部です。特攻隊員達はこの粗末な寝台に寝泊まりし、数日後には死の旅へと向かいました。出撃の前日、毛布をかぶって泣いていたような人ほど、当日は堂々と出撃したそうです。彼らの苦悩が染みついた場所です。特攻隊員の身の回りの世話係をしていた、原作者の赤羽礼子さんが米軍機の機銃掃射を受けたとき、彼らは体を張って守ってくれたそうです。自分より人の身を案じる、すばらしく気高い精神の若者たちだったことが分かります。

 

 

 観音堂の前で。ここは昭和21年、残っていた特攻機がスクラップにされた時、トメさんが、せめて墓標の代わりにと棒杭を立てた場所。トメさんの一念が自治体を動かし、昭和30年にこの観音像は完成したのです。観音堂の周りには奉納された無数の石灯籠があり、献花、献灯の絶えることはありません。
 また「特攻平和会館」には、特攻隊全員の写真と遺品があります。解説員をしている方に、「ホタル帰る」を講談で演じるために取材に来たことを言いましたら、丁寧に一つ一つ説明して下さいました。 

 

 これが復元された「富屋食堂」、この物語の舞台です。現在は「ホタル館」という名で、ここで最後のひとときを過ごした特攻隊員達の資料と、彼らの母親がわりとなった鳥浜トメさんの資料、映像が展示されています。この物語のクライマックス、宮川三郎軍曹の魂が乗り移ったホタルが帰ってきた時の模様も、詳しく解説されています。

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの三日間ではありましたが、初めて取材旅行というものを行って、基本的な知識がいかに大切か良く分かりました。勉強してから出かけたのですが、帰ってからまた勉強です。「人はさまざまの旅をして、結局、その人が持っていたものだけを持ち帰る」とはゲーテの言葉だそうです。今回の旅はずいぶんと多くのものを持ち帰ることが出来ました。

 なお、この講談「ホタル帰る」は、台本通りに全部やると1時間を越える大作です。めったにそれほどの時間はいただけませんので、とりあえず短縮版(それでも40分ほど)で覚えて、6月の梅桜亭で初めてご披露いたしました。初演はまだうろ覚えでヨレヨレとなってしまいましたが、それでも「これは良い作品になる」という感想をいただけましたのは、やはり原作の良さ、事実の重みのおかげでしょうか。今年の後半はこの作品にかけて、チャンスがあればどんどん高座にかけていくつもりです。どうか皆様、歴史や戦争、人の生き方を考える一つのきっかけとして、講談「ホタル帰る」を宜しくお願いいたします。


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