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梅星の日記ページへようこそ!

2008年8月20日 (水)  
 ここのところ少し気温が下がり、以前のように暑さで寝苦しいということが少なくなりましたね。

 明日新潟に参ります。梅桜亭に行く一日前に、新潟県上越市板倉区米増で「アトリエ・やまの夏まつり」があり、そのイベントに「講談&ギター」の昼夜公演があります。

 夜の部は午後7時から「ゑしんの里記念館」で「ホタル帰る」一席。ゲストの羽野さんのギター演奏。

「ゑしんの里記念館」は親鸞の妻の恵信尼のこと。晩年をこの板倉で暮らし、この地で亡くなりました。郷土の歴史的人物である恵信尼の「暖かい優しさ」と「しんの強さ」をまちづくりに生かした施設として建設された会館です。前から館内に入ってみたいと思っておりましたので、嬉しいです。

 恵信尼 は飢饉のおり、子供や孫たちまでも面倒をみたそうです。色々な苦難にも負けず、逞しく、ときにはユーモアをもって、当時としては稀な87歳をこえる長寿を全うしております。何だか・・今回の講談の鳥浜トメさんの生涯を語るにふさわしい場所で楽しみにしております。

 さぁ、明日は早朝出発です。

2008年8月17日 (日)  
 涼しくなり生き返りました〜暑いだけならいいのですが、私の場合、汗をかかない日は顔のボロボロが落ち着いてくれるのでとても助かります。

 まとまった休み、積もりに積もった講談資料等の整理から始まって、家の大掃除を毎日少しずつ。それと、ネタの稽古等々と思い巡らしておりましたが・・しかし、猛暑続きで成果は上らず仕舞い。それが、この涼しさのお陰でやっと力が入り、やる気になりました。

「ホタル帰る」を高座にかけるようになりましたので、毎年終戦記念日には靖国神社に参拝しております。15日は気温が34〜35度。これまでの最高気温でしたが、用を終えて参拝に行ったのは午後5時頃。この頃はだいぶ参拝者もすくなくなっておりました。

 あれ?一箇所だけに人だかりが〜と思ったら、パフォーマンスの人たちと誰かが口論に。「中国は日本の国旗を燃やしたじゃないか!!」とか侃々諤々・・。ギャラリーが多くなるにつれ激しい口論から喧嘩に・・見ていた人も真剣な顔で今にも仲間入りしそうな人や、写真を撮ってる野次馬も、私もその一人・・。でも、黙って聞いてると腹が立ってくるので、その場を離れて本殿までトコトコ歩いて参拝。

 その帰りがけ、坂道を降りた大きな鳥居の下の道路沿いに、バイクを止めて、浴衣姿でヘルメットをした50代前後の男性が、長い間神妙に両手を合わせて深々と頭を下げて参拝している姿が目に入りました。お参りを終えると、その男性はバイクに乗って去っていきました。本殿まで行って参拝しないでも、その人の気持ちが伝わってくるようでした。

 父が亡くなる一年前に「戦友が眠っている靖国神社参拝したい」と、上京してきたことがあります。身体も衰弱しゼイゼイ言いながらも、時折背筋をピシッと伸ばし、姿勢を正して本殿を参拝し、遊就館の展示写真や遺品などを食い入るように見ておりました。

 やはり靖国神社は戦争体験した人や戦没者の遺族にとっては特別の場所のようです。もしかしたら父も、終戦の日には戦友と一緒に靖国神社にいたのかもしれませんね。

2008年8月8日 (金)  
 長野県白馬村、渥美ご夫妻の別荘にお邪魔いたしました。いや〜涼しかったです。しかし東京に戻るなり、この夏一番の猛暑とは・・・。

 白馬では、雅子先生に案内していただき、師匠と3人で白馬八方池に行きました。ゴンドラとリフトを乗り継ぎ、可愛い花や景色に見とれて第1ケルン第2ケルン、八方ケルンと歩いている内に八方池に到着です。

 池に八方ケルンや白馬三山を倒影してとても幻想的で素晴らしい眺めです。池には小さい山椒魚も泳いでおりました。凄く気持ち良かったです。山に来るのは白馬三山縦走以来です。歩く距離は少なかったけど満足しました。先生ありがとう!師匠、連れて来ていただきありがとうございます。今度は、唐松岳まで行ってみたくなりました。

 最終日は、白馬塩の道温泉ガーデンの湯で温泉三昧です。フォッサマグナによって2500年も地下深くに閉じこめられていた太古の湯だそうですよ。効能も豊富。温泉好きですから、のんびりさせていただきました。

 今日は川越「蓮馨寺辻講釈」でした。あ〜涼しいところから帰ってきたばかりなので、この暑さはたまりませんでしたが、美味しいお寿司と冷たいお茶をご馳走になり、はぁ〜元気が出ました。お客様もこの暑い日に沢山来ていただき、誠にありがとうございました。

 旅が続きましたが、これで再来週の新潟まで落着けそうです。

2008年8月4日 (月)  
 北海道の稚内から戻りました。

 稚内では、まず市長さんを表敬訪問。市長さんはあいにく公務で出ておられて、代わって副市長さんでした。続いて教育長さんにご挨拶させていただきましたが、この方は樺太犬に特別思い入れのある方でした。

 宿の温泉に入ってから、夜にはホテルで会食です。ここで市長さんも登場。また今回の公演に骨を折って下さった皆様にも、あらためてご挨拶させていただきました。

 翌日2日目の昼食は、ウニ・イクラ丼!これは流石に稚内、美味しかったです!朝食を食べて間もないので、食べられるかな〜?と思っていましたが、ペロッとたいらげてしまいましたよ。

 この日は生憎の雨で、稚内公園で行なわれる予定の「樺太犬慰霊祭」が市立中央小学校体育館に変更。タロジロの像を並べた祭壇が飾られ、厳かに行なわれました。

 そこで梅星が慰霊祭の趣旨説明という大役!一席の講談調に読み上げさせていただきました。その中には、「無事生還したタロ・ジロだけがスター犬と見られておりますが、他の16頭も第一次越冬隊の為に一生懸命働いてくれた立派な犬達であったということを、覚えておいていただきたい」と・・亡くなっていった犬達に思いをはせた一時でした。

 横田稚内市長さんの来賓挨拶や教育長の慰霊のことば、そして児童合唱団「エンジェルボイス」が慰霊の詩朗読や献花を行いました。本当に良い体験をさせていただきました。

 この日は、これだけではありません。これからが本番です。稚内総合文化センターで、羽野誠司さんのシンセサイザー演奏のコーナー&音楽入り講談「南極第一次観測隊物語」。タロ・ジロや樺太犬達も喜んでくれたのではないでしょうか・・慰霊祭の日に「南極講談」の公演とは粋な企画で、とても嬉しかったです。

 しかしこの日は雨で、「みなと南極まつり」の催しは中止。「てっぺん踊り」が見たかったのですが・・残念でした。

 この公演に合わせて母や弟夫婦、それに士別でお世話になりました稚内出身のDちゃんも来てくれました。母と一緒に宿泊でき、二重の喜び、これも稚内に呼んでいただけたお陰です。

 帰京の日は、担当のN氏が随伴して観光案内して下さいました。まず「稚内市ノシャップ水族館」ここには北方系の生き物を中心に120種類、1300点が飼育展示されています。まぼろしの魚「イトウ」をはじめ「ソイ」「カレイ」「ホッケ」「エビ」「カニ」「ニシン」「タコ」など美味しそうな魚も・・。

 可愛い「妖精クリオネ」これは、月に一度しか餌を食べないそうです。しかも食べる時には、妖精から悪魔の顔(口が耳まで裂けて)に変るそうです。う〜ん、人間にもこういうのいるな・・。それと、「フウセンウオ」ふぅ〜と膨らんだ可愛い魚ですが、お腹のあたりが吸盤になってくっついていて、「ご飯だよ〜」となるとフワ〜フワ〜と餌を食べに行く。それ以外は居心地の良いところにくっついてて動かない。こういうのもいるな〜。あっ、自分もだったりして。

「ゴマフアザラシ」が可愛かった〜。餌のホッケは新鮮で凄く美味しそう〜、しかも2、3匹入って100円と安い!晩のおかずにしたい程美味しそうでしたよ〜。

 最北の宇宙〜プラネタリウムは、稚内の満天の星空が素晴らしい眺めでした。癒されますよ〜。あ〜寝てるものが〜、こら誰だ! 自分もちょろっと・・・。

 南極コーナーでは、第一次と第十次の昭和基地の建物があります。特に第一次のものは貴重ですね。それに第一次の頃の雪上車など、稚内だけにしかない資料や品が沢山ありますよ。いずれ「梅星巷談」に写真入りでアップしたいと思います。

 氷雪の門「樺太島民慰霊碑」や9人の乙女の碑、南極観測樺太犬訓練慰霊碑や1983年の大韓航空機撃墜事件「祈りの塔」、世界平和の鐘とまわり、宗谷岬の間宮堂でいただいた帆立ラーメンと焼いたつぶも美味しかったです。「間宮林蔵 渡樺出行の地」でもある稚内2泊3日の旅、駆け足でしたが大変充実した楽しい公演旅でした。市長さんはじめN氏、そしてこの公演の為に骨を折って下さった皆さんすべてに感謝です。

 帰ってきたら、東京は31°と猛暑です。

 明日は師匠のお供で避暑地長野白馬の渥美山荘へ伺います。ホッ・・。

2008年7月31日 (木)  
 早くも、明日から8月です。月日の経つのは講談くらい早い。

 その1日に北海道の稚内に参ります。「稚内市制施行60年・開港60年記念事業」のイベントで「南極第一次観測隊物語」公演がございます。この南極講談で実に色んなところで呼んでいただきましたが、やっとタロ・ジロたち樺太犬の故郷、稚内を訪ねる日が来たか〜と、感無量です。原作の北村泰一先生も、稚内の皆さんに宜しくお伝え下さいと申しておりました。台本を書いて下さった羽野誠司さんも、もちろんご一緒に出演します。シンセサイザー演奏のコーナーもございます。

 何しろ稚内への飛行機は1日2便しかないので2泊しなければなりません。でもそのおかげで、最北端の地を観光案内してくださるそうで楽しみです。

 公演前に「南極樺太犬慰霊祭」があり、そこでは小中学生の子供達に南極樺太犬慰霊祭の趣旨説明を講談風にパパンパンパン〜という大役も。

 大きなイベントですので、 前日は準備万端整え公演に備えたい。

 ところが、この間の勉強会前日や北海道公演に行く前日にも、師匠が中心で行っている集まりがありましたが、また今回も、稚内に行く前日に招集が掛っています。何故かこの会合はいつも、私の大事な高座前日になることが多いようで。自分の師匠の事ですから頑張りますが・・「気合いだ!気合いだ!」はぁ〜。

2008年7月28日 (月)  
 新潟は暑かった・・梅桜亭の一階はクーラーがあるので涼しいのですが、2階はとても暑くていられません。それで自然と一階に集まります。

 時折スコールのような雨が降ります。アユの時期ですからアユ釣りの人が大雨のために川に流されたとも聞きました。洪水の被害は山形以外にもあったようです。

 今回は大和町の池田記念美術館で講談会がございました。まるで絵画のように広がる雄大な景色をバックにしての一席でした。その景色も、トリの師匠の時には、すっかり闇になり、小泉八雲の「耳なし芳一」が冴えてました。ガシャガシャ・・と鎧兜の音が・・う、うわ〜!怪談を語るにはぴったりでした。

 実は、こちらには小泉八雲の文学資料が沢山ございます。そして、松江市でしか味わうことができない、八雲が好んだ味と香りを再現した「ラフカディオ・ハーンコーヒー」が、ここでも飲めるそうですよ。

2008年7月24日 (木)  
 また地震が・・青森県の階上には大変お世話になっている方がお住まいで、心配でしたので、お電話しましたところご無事でした。ホッ!・・・ですが、岩手の洋野町種市は「南極講談」を口演させていただいた場所・・大丈夫だったかなぁ・・。

 今日は浅草まで買い物に出かけました。二日前に行きましたら、目当てのお店が振替休日でしたので、今日行かなければ・・・明日新潟で必要なもので。

 お願いしておりました品が届き、これで一つ悩み事が解決しました。ありがたいです。 買い物に出かけたり旅の準備をしたりで、ちょっと忙しい一日でしたが、人との出会いがあり楽しかったりして。

 明日は新潟に参ります。こう暑い年は八色スイカが美味しいぞ〜い。しかし、個人的には・・・夏は顔の汗が出ないのか、この汗管腫のボコボコのおかげで非常に嬉しくな〜い。でも 治療不可なのでは、夏は生涯ついてまわるのですから、仲良くするしかない、と決めました。

 先日、両国寄席で「ホタル帰る」を高座に掛けましたところ、9月中旬に口演を依頼されました。羽野さんが講談にしてくれて早5年ですが、少しずつ講談らしくなってきたようです。11月月末には、弁護士の渥美先生のご紹介でひょんな事から「憲法9条の会」でも口演させていただくことになっております。う〜ん、「戦争反対!」と声高に謳わねども、断固反対に決まってますよ。

 暑さ厳しい折り、どうぞ皆様お身体にお気をつけ下さいませ。

2008年7月16日 (水)  
 今月初め、北海道に行くその当日に、芸歴60周年のお祝い「鎌田弥恵 語りと食事を楽しむ会」に出席致しました。鎌田先生は、NHK放送劇団でラジオドラマの放送を始めてから60年。伝説のラジオドラマ「君の名は」で、先生のナレーションが始まると風呂屋が空になるというエピソードが生まれたそうです。

 先生に語りを教わっておりましたが、それはずっと昔、先輩3人とご一緒に先生のお宅に伺っておりました。今では教室も沢山お持ちで、一週間の内1日しか休日がないという忙しさだそうです。実は・・先生と二人で健康のためにプールに通った時期がありました。とても良い先生で尊敬しておりましたので、他の生徒さんの手前、何となく内緒にしていましたが、もう時効ですよね。懐かしく思い出されます。

 しかし相変わらず、お若くてびっくり致しました! 私が講談を上手になったらご一緒に・・・と思うのです。先生の方は「そんなに待ってられないよ〜。私幾つだと思ってるの!早くしなきゃいなくなっちゃうよ〜」って、そりゃそうだ・・。こりゃ緊急事態です、頑張らなきゃ・・。

 さて、新作オリジナル講談の前半が出来ました!

「雪原へゆく〜白瀬矗の南極探検」脚色 羽野誠司 
前半だけで、たぶん45分。11月30日には、後半も含めて長講一席、音楽入りで公演したいと思います。

 子細は近くなりましてからお知らせします。

2008年7月11日 (金)  
 北海道から戻ったら、東京は本格的な夏です〜。大変だ、汗をかくと顔がまたボツボツに・・昨年はその治療で皮膚科クリニックに一年間通いましたが、こればっかりは真夏にならないと治療効果がわかりません。多少は汗をかきにくい感じにはなってきたのでしょうけど、去年夏の猛暑には耐えられなかったです。

 先日、顔に汗をかかない方法というのをテレビで紹介しておりました。それは、胸をグッと締めつけることだそうです。舞子さんは高帯にしているので汗をかかないとか?要するに顔に汗をかかなければボツボツは出ないわけですから、ダメ元でもちょっと試してみようかな。

しかし、北海道は良かった〜・・・故郷で公演出来たこともありがたかったですが、「士別講談を語る会」は、弟の友人関係というご縁で、主催「JA北ひびき」のY氏・S氏が中心となり、会を開いてくださいました。それに、応援してくださった地元の有志K氏のご尽力で無事終了することが出来ました。S氏は寝る間を削って会の準備をしてくださったそうで、皆さんの努力に感動いたしました。

 士別はいいところですよ。野菜は美味しいし、これからはメロンが採れるそうです。昼食は「羊と雲の丘」でジンギスカンをいただきましたが、とても美味しかったです。ラベンダーも咲いて見晴らしがいい、本当に良い季節に伺うことが出来ました。

 こうして一つ大きな公演が終了してボンヤリしてるところに、実は、8月にもう一度北海道に行くことになりました。8月2日3日と稚内「みなと南極まつり」があります。その2日のイベント「南極樺太犬慰霊祭」に、音楽入りで「南極第一次観測隊物語」を公演させていただけることが正式に決定しました。これも稚内市横田市長さんの鶴の一声のおかげです。

2008年7月7日 (月)  
 北海道士別・羽幌公演から戻ってまいりました。洞爺湖サミットの影響で警戒厳重、空港でのチェックが厳しく6日の帰りは45分の遅れでフライトしました。この2日間は、殆ど会場に居ましたちょっと疲れましたが、士別JA北ひびきの会の方や羽幌教育委員会の方は徹夜同然で準備してくださいました。心から感謝しております。

 羽野さんがデュオで演奏されてる尺八奏者の土井啓輔さんに、今回は北海道でも出演していただきました。お陰を持ちまして大盛会でした。羽野さんのギターと土井さんの尺八共演の素晴らしさにお客様も聴き入っておりました。また私の講談も引き立ててくださり本当にありがとうございました!

 羽幌でも皆さんのお力をいただき、無事に公演を終えることが出来ました。誠にありがとうございました!

 打上げでは、美味しい焼き鳥に毛ガニや甘エビの他、貴重品のガンゼ(ウニ)ソイの刺し身、なまこの酢の物などご馳走をいただきました。羽野さんと土井さんも士別の美味しいジンギスカン、特に羽幌の魚介類は笑いが止まらない美味しさだったようです。

 そして、聴きに来て下さった沢山のお客様、本当にありがとうございました。

2008年7月1日 (火)  
 今年も新潟でホタルを見てきました。

 地元の人でも初めて見たなんていう人も・・何でもそうですが、いつでも行けたり会ったり出来ると思うと疎かになりがちになるのかもしれませんね。

 昔は、私の郷里も夜は真っ暗でした。子供の頃に浴衣姿で提灯提げて、近所の家にろうそくを貰いに行ったこともありました。あの〜別に家でろうそくを買えなかった訳ではありません、念の為に・・。家族が皆若くて健在でしたし、色々と大変だったことがあってもそれはそれで懐かしく思い出されたりします。

 その私の故郷で、七夕の前々日に公演がございます。ゴージャス土井さんの尺八と羽野さんのギターのコンサートも。「ホタル帰る」は「ホタルになって会いに来る」お話ですから、七夕に相応しい公演になるでしょう。


 士別の皆様、羽幌の皆様、大変お世話になります。どうぞ宜しくお願いいたします。

 新潟より戻ってからも色々と準備があり忙しい一日でした。さぁ、私は一足先に北海道へ。

2008年6月25日 (水)  
 日中気温が29度まで上る夏日は今日までで、26日以降から涼しくなるという天気予報。7月には、昨年に引き続き北海道士別町・羽幌町で公演させていただきます。向こうは、立派な会場でもクーラーがないところが多いので涼しいといいのですが・・。

 今回の公演では、いきなり前講で大作オリジナル講談「ホタル帰る」を一席という試みです。尺八奏者の土井啓輔さんと、羽野誠司さんが今回のゲスト。休憩の後の一席、怪談「耳なし芳一」に、ギターと尺八のBGMをつけてくださいます。

 羽野さんと土井さんは6月末に私の勉強会にもゲスト出演してくださったのですが、何と!土井さんはその2日前、「第一回野口英世アフリカ賞授賞式」で天皇皇后両陛下やアフリカ各国首脳の前でオープニングステージをつとめたという実力者・・その後に、下々の私の勉強会にお出ましになられたのですか!?と目が点になる程恐縮してしまいました。

 羽野さんは、作曲家としてはもちろんのことですが、私のオリジナル講談まで書いてくださる才能豊かな方です。何かとご多忙なお二人が、私の北海道公演にまでお付き合いしていただけることは大変なことですよ〜。素晴らしいゲストのお二人のコンサートは厚巻です!講談もお勧めですよ。どうか聴きにきてくださいね〜。

2008年6月23日 (月)  
 久しぶりに姪っ子の赤ちゃんに会ったら、歯が上下に2本づつニョキニョキと生えておりました。こうして生えてくる歯があると歯茎が痒いらしく、何でも口に入れてモグモグさせます。歯固めするような玩具ならいいのですが、古い携帯のような硬いものまでガリガリ・・。会う度に成長しているのがわかります。叔母さんも(私)この赤ちゃんが可愛くてメロメロですが、子守する体力がいります。イライラしていたり浮かない顔をしていると子供に伝わります。赤ちゃんには、巧みな言葉も取り繕った優しさも通用しないようです。

 今日は北海道から、また姉(姪の母)が上京して来ます、姪っ子2人は大喜びです。これで、私の出番は当分ありません。そろそろ自分の事に集中しないと。

2008年6月18日 (水)  
 前の日記で、岩手・宮城内陸地震はマグニチュード7.0から7.2に訂正したという事でした。震度とは関係ありませんのでここに訂正させていただきます。済みませんです。

 それにしても、二時災害と隣り合わせの捜索で難航しているようです。行方不明の方の一日も早い発見救出をお祈りし、復興を願って止みません。


 さて、今月の船の科学館「南極講談」辻講釈の日は、梅雨の中休みの爽やかな一日となりました。

 最初にいらした方は、お孫さんを連れたおばちゃんでした。
「何時まで?宗谷も見たいから早く終る・・?」と・・。今日はこのお客様だけと思いましたので、大幅にカットして講釈を始めました。そのうちに外人さんや、前も聴きに来て下さったAさんなどと、結局、席2列に並ぶくらいのお客様となりました。初めのうちそわそわしていたおばちゃんも、講釈の途中から聴く気になってくれました。しめたとばかりに話を完結。そしたら、終いには涙を拭かれながら「いい話しだものね〜ありがとう!無理言って済みません」とお孫さんの手を引いて「宗谷」の方に向いました。

 喜んでくれたので良かったと思いましたが、ふいに時計を見たら、ぎょぇ〜20分!こりゃ随分短くしたものです。終了後に大阪から出張でいらしたお客様、「最後のところだけでも聴けるかと・・間に合うかと思ったのに、残念」と・・。

 辻講釈のお客様はお孫さん連れの方だけと思っておりましたが、館内アナウンスの辻講釈告知を聞いて集まって下さったお客様もおられましたので、予定より早く終了してしまい申し訳ない気持ちです。

 ところで、こうしてオリジナル講談「南極第一次観測隊物語」を船の科学館で辻講釈させていただいたり、また、あちこちで口演させていただけるのは、原作者の北村先生との仲介や、著作権契約書まで作成して下さった、元文藝春秋編集長の高橋一清さんのご尽力のおかげです。

 その高橋さんが、KKベストセラーズから「あなたも作家になれる」という著書を出版され、一昨日の16日に発売になりました。この方は何と、文藝春秋時代に芥川賞・直木賞作家を最も多く育ててきた敏腕編集長さんなのですよ。ですから、「プロの作家になるための秘訣知って得をする作家成功法」これは絶対必読ですよ〜!私も早速、予約し購入したところです。皆さんも、是非お近くの書店でお買い求め下さいませ!

 高橋さんは現在、松江市の観光プロデューサーをされておりますが、一昨年十月には松江観光事典も出版されました。とてもダンディーな方で、良い方とご縁がありました事、心より感謝いたしております。

2008年6月14日 (土)  
 「岩手・宮城内陸地震」気象庁がマグニチュード6強と発表しておりましたが、後で7.0〜7.2に修正し、神戸地震に匹敵するような大規模な地震となりました。これは心配でテレビから目が離せません。

 秋田県金浦では4月上旬に「南極第一次観測隊物語」、次回は新作「白瀬矗」の講談をやらせていただく事になっております。それに皆さんいい方ばかりで、先日も勉強会に「白瀬の探検する心に学ぶ」白遊人本舗主宰のW氏が、はるばるいらしてくださったりとお世話になっております。またNPO「地球ぼうえい隊」の美人女医先生にも仲良くしていただいております。皆さん、あちこち車でお出かけになりますので大丈夫かな・・。

 どうやら、宮城県栗原の大規模な土砂崩れや、岩手一関が大変な状況らしく被害が大きくなっているようです。午前中の内に岩手・宮城の知事が、自衛隊に災害派遣要請したようですが、一刻の有余もありませんので、TVニュースを見ながらハラハラしました。

 岩手も「南極講談」で呼んでいただいてお世話になった地域ですから、ご無事かな〜とご連絡しましたら、その方は青森との県境にお住まいの方で揺れたので地震かな〜と思われた程度で済んだそうです。

 洋野町角浜中学校の生徒さんや先生、盛岡のみどり学園の生徒さんのところも多分大丈夫だろうと思います。

 こちらは、まさしく天災です。微力ながら義援金を送りたいと思います。お見舞い申し上げます。

2008年6月13日 (金)  
 我が家のパソコン、マックとウィンドウズと、両方のパソコンが使えるようになりました。上手く使いこなせず手入れもせずに乱暴な扱いの主人なのに、この古いマックは、よくぞ仕えてくれたと思います。

 今回のパソコン修理で感じたことは、機械と言えども丁寧に世話すれば人の気持ちが伝わるようで、これからは大事にしたいと思いました。こころなしか、マックもこんなポンコツなあたしでも捨てないで生かしてくれてありがとう!と言っているようです。

 私は、何でもボロボロに使い古していようが、イライラする程対応が遅くとも、それが動かなくなりまで、ずーっと使っております。人間関係も、また然り。でも、「超危ない人」とかになると動物的な臭覚でしょうか?自然と避けてしまってます。

 秋葉原事件の、加藤容疑者のような人への再発防止の手立ては!?と言いましても、仕事や恋愛に対して不満や恨み、両親や家族に対しての恨みなど、または孤独感などサイトに書き込んでる人に、注意したり救いの手を差し伸べたとしても、逆恨みして掛る人もいるようですから容易な事ではないようです。誰だって挫折したり色んなことがあっても懸命に生きているというのに・・。

 そんな事で無差別殺人とは卑劣極まりない。このような事件の余波が渋谷・原宿あたりでも「トラックで突っ込む」とかサイトに予告書き込みが相次いでいるそうです。日本人の潔く誇り高い精神は、一体どこへ行ってしまったのでしょう。
 
 人は無意識のうちに、その瞬間瞬間、いろいろな想念エネルギーを出しながら生活しております。無意識のうちに沸いている想念とはいえ、普段の想いのあり方が自己の人生の破滅をもたらしたり、逆に人生の向上をもたらしたりするようです。

「目に見えぬ 神の心にかなうこそ 人の心の誠なりけり」 明治天皇御製

2008年6月10日 (火)  
元気一杯!と言いたいところですが、蒸したり暑かったりという天候のせいか、一昨日は眠れなかったです。一高座ごと高めていかなければならないところなのに、う〜っ・・情け無い高座でグスン・・。ここで引き締めて頑張らないと!と気合いを入れた途端に柱に足の小指をぶつけたものだから、その痛みに飛び上がった拍子に今度は腕を打って痣が出来てしまった。どこまで情け無いんだか・・。しかし、夕べは、反省するも2日分よーく眠りました。

毎日ぶっそうな事件が相次いでおります。それだけ人の心が屈折し荒んでいるからでしょう。秋葉原の事件にしても、こういった殺傷事件を起す一歩手前の人が、もしかするとゴロゴロしているかもと思うとぞっとします。一人一人の心の管理をしっかりしないと、こうした悲惨な事件は後を引かずに益々増えるばかりです。

この加藤容疑者は、自分の不満や妄想的なことをネットの掲示板に書き込んでいたそうです。楽屋でパソコンやメールなどを全く使わない師匠が、皆が見る掲示板にいちいち不気味なことを書き込む人を「どうしてそんなことを書く必要があるのだろう?」と不思議がっておられました。それだけ、心が病んでいる人が多いということにもなります。

大人が子供に、「知らない人に声をかけられてもついて行ってはいけませんよ!」これは、どうやら大人にも言えるようです。人の出会いを縁というより用心してかからなければならない、世知辛い世の中になったものです。

2008年6月2日 (月)  
 勉強会が終りました〜。今回ゲスト出演してくださった羽野さんと土井さんのお陰で、第14回「梅星のすっぱいは成功の会」はとても好評でした。

 間近で、一流のギタリストと尺八の生演奏を聞けるチャンスはそうないと、お客様からお礼のメールやお電話をいただきました。ありがとうございます。

 せっかくの機会だからと、最後のネタにギターと尺八を入れていただいたのですが、殆どぶっつけ本番だったにも関わらず、思ったよりも平常心でいられました。素晴らしいお二人の演奏入りで講談。二ッ目の分際で贅沢過ぎで図々しくも・・何だか癖になりそうな一時でした。

 また、来月は北海道公演でご一緒させていただきます。ドキドキしますが、芸道に厳しいお二人と一枚板の上での講談一席は、自分を磨くまたと無いチャンスですから頑張ります。

2008年5月27日 (火)  
 新潟の梅桜亭から戻りました。今月は田植えの時期。蛙はゲコゲコ鳴いてますが、酒飲みばかりが集まる梅桜亭です。のどかな季節ですが、はぁ〜、30日の勉強会が間近にせまり焦っております。今回は特に案内を送る時間がなかったので、十分にお知らせも出来ておらず、お客様が来て下さるかどうか心配です。でも「行きますよー」と言う声も。こういう時は一人の声が百人の声に聞こえます。

 今回のゲストは、お馴染の羽野さんが久しぶりのギターで、共演が尺八奏者の土井啓輔さん。この方は和太鼓の第一人者、林英哲さんのレギュラーメンバーで、世界中で演奏されています。羽野さんとは古くからの友人で、昨年から二人での演奏活動を始めたそうです。

 はぁ〜、そんな方が私の講談に・・き、緊張します。

 そんな訳で、私の勉強会に勿体無いゲストが2人も出演してくださって、何と木戸銭1500円!前売りで1200円!なんて・・。どうして、寄席の入場料ってこんなに安いのでしょう?超ゴージャスな会ですので、お見逃しないように是非いらして下さいませ。

2008年5月20日 (火)  
 私の自宅最寄り駅の近くで戦時中の「不発弾」がみつかり、日曜日は不発弾処理で住民に避難指示が出るという、大変な一日でした。駅周辺半径500メートル以内に住んでいる人は全て避難したようです。電車も9時30分から15時までうごかない。私は幸運にも、この日は結婚披露宴で一席というありがたいお話がありましたので、電車がまだ動く9時頃、ちょっと早めに出掛けました。素敵な新郎新婦でした〜微笑ましい羨ましいこういうお目出度い席での講釈は嬉しいものです。

 その後は姪っ子宅に寄って、夜7時に帰ったのですが・・それが、どうしたことかこの日は、帰りも京王線、よりによって2駅で人身事故が立て続けにあり、帰宅したのがすっかり遅くなってしまいました。

 翌日は早朝からの外出。両師匠の二葉会が富士山の麓であるのです。富士山麓に行くのは久しぶり。しかし、こんなに富士山を間近で見たことはないです〜やっぱり日本一の富士山を前にして思うことは皆同じようですね。ここのところ寝不足が続いておりましたので、帰宅したら直ぐに睡眠とりました。久しぶりに朝までよく眠りましたよ。

 ここ2日間で日本一素敵な新郎新婦の幸せのパワーと、日本一の富士山のパワーをいただきました。勉強会も近づいてきてドキドキ・・・さあ〜頑張ります。

2008年5月15日 (木)  
 あるデパートで、初夏の極薄の着物コートを買ってきました。ところが家に帰って来て着てみると、肩幅がだら〜んとして身体に合わない。よ〜く確認してみたら縫製中国でした。

 しまった・・中国で作った着物を買って失敗したのはこれで三度目でした。慌てて買ったので縫製は何処かをチェックしそびれました。生地や染めは日本製で色やデザインは良いのですが・・中国製だからって安くない。妥協できない値段でしたので、返品だけするのは悪いような気がして、博多帯に交換しました。

 その翌日に中国・四川大地震、色々と問題がある国ですが、罪の無い子供達や庶民が気の毒です。テレビを見ていると、温家宝首相が「〜地震に打ち勝とう!」とか、親を失って泣いている子供に「政府が学校に行かせる」「政府が保証する」など。あれ、翻訳のニュアンスが少し違うのか、国民性なのかわからないけど、被災者を目の前にして掛ける言葉にしてはちょっと、いかにもテレビ取材に向ってアピールしているようで・・。

 しかし、この期に及んでも「メンツ」だけ?・・メンツよりも人命でしょ。「おから建築」手抜きもいいとこで、被災者も一部は支援物資の奪い合い。何だか、地震は天災ですが、自ら災害を大きくしているようにも見えます。

 しかし、東京も他人事ではないですから、寝床に懐中電灯、携帯、ズック靴、水など必要品を入れたリュックを用意して眠りましょう。

2008年5月9日 (金)  
 愛宕山講談会での演題「西行法師」の枕で南極の話をしましたら、肝心の本題で、西行が夢を見ていたところをすっぽり抜かしてしまいました・・時間に合わせようとまくらで余計なことを10分も喋ったから〜とガックリです。しかし終了後、お客様に海軍33期にいらした方がおいでになり、偉く感動して下さいました。その方の同期で南極越冬した知人がいるから、「その関係で一席」とご紹介いただきました。お名前を聞きましたら、やっぱり一方的にですが知ってる方でした。こうしてお声をかけていただけるのは有難いことです。

 夏には稚内上げてのイベント「南極まつり カラフト犬慰霊祭」に、稚内市長さんのお声掛けで、講談に羽野さんの音楽入りで「南極第一次観測隊物語」を公演させていただくことになりました。

 一般的ではない演題だと言う方もおりますが、50周年が終わってからも、ざまざまな所からお声をかけていただけるのは、忘れてはならない昭和の歴史の一大事業だからでしょう。

 さて、胡錦濤中国国家主席が来日してますが、パンダつがいで貸与に一億円!?福田首相は「ありがたい話で日本国民も喜ぶ」と感謝の意を表したそうですが・・・この間のある新聞によると、パンダはいらない人が60パーセント、いる人が20パーセントですって〜。私も・・パンダに罪はないけれど、そこまでしてと思うと60パーセントに一票投じます。

2008年4月25日 (金)  
 近畿地方に行ってきました。桜は殆ど終りましたが山桜はところどころに見られました。普段は不規則になりがちですが、旅に行くと三度の食事をきちっと取りますので、その点では健康的な生活をおくれます。

 向源寺の国宝十一面観世音や、聖徳太子ゆかりの寺でもあり南北朝古戦場で番場忠太郎ゆかりの蓮華寺など歴史足跡して想いを巡らし、昔の人々の息づかいが聞こえて来るようでした。

 今日から新潟です。今回は梅桜亭終了後、師匠のお供で米沢に行きます。19日からの旅の締めくくりは直江兼継、史跡巡りの旅です。

2008年4月18日 (金)  
 北京五輪「調和」がテーマのはずの聖火リレーが「混乱」に。ギョーザ事件やチベット騒乱が重なり、今年のGWは中国への観光客の足も遠のき、海外旅行全体を押し下げている格好になっているそうです。他の国も大迷惑「中国人はメンツに拘るけど、恥の概念がない」と言われても仕方がないのでは・・・。

 パリのシャンゼリエ大通りでは、少年がいきなりバス停の屋根に飛び乗ってチベットの大型旗を振り上げたり、サンフランシスコでは聖火ランナーが雲がくれ。長野ではスポンサー企業のコカコーラなどが、広告を掲示した車をリレーの車列に加えることを辞退するとか。こうして中国の聖火リレーには世界中で、チベット騒乱問題をめぐる抗議や妨害が続いています。

 さて、今日のTVニュースでは、長野市で26日に開催される北京五輪の聖火リレーの出発式が行われる予定だった善光寺、リレーの出発地を辞退しましたね。文化財や一般信者の安全上の問題に加え、「チベット人と同じ仏教徒との気持ちが強かった」とチベット問題が理由であることを話しておりました。


 不義而富且貴 於我如浮雲    孔子
(不義にして富かつ貴きは、我において浮雲のごとし)

 人の道にはずれた行いをして、お金持ちになったり、地位が上ったとしても、それは浮雲のような実のないことであるという意味です。

 こういう立派な言行録「論語」を残した孔子も草葉の陰で嘆いているのではないでしょうか。

2008年4月15日 (火)  
 昨日の「かぶら矢会」、私は勉強方々お弁当のお手伝をさせていただいておりますが、昨日は売り場で弁当の配達を引き受けて貰えなくて、仕方なく20個二つの紙袋に別けて下げて会場へ急いでおりましたら、階段を登る途中、重い紙袋が更に鉛のように重く感じて振り向いたら、何と!リュックを担いだ師匠が紙袋に掴まっていた・・ウッ重い筈だ。どうやら一つ持って下さろうとされたようですが、その気持ちだけで元気になり、貞山先生の当日の演題の怪力女のように「大丈夫っす!」と、本当は重い紙袋を両手に、ヒョイヒョイと軽やかに見せて歩きました。マラソンで鍛えてる師匠が、演芸場まで歩調をあわせて歩いてくれました・・。

 南極観測船「宗谷」「ふじ」に続いて、25年に渡って南極観測を支え、8月に引退する「しらせ」が、先日12日に晴海埠頭に帰港しましたね。しかし保管場所が決まっておらずに、解体される可能性もあるそうです。そこで、しらせを稚内で保存したら・・・という声もあるようですが・・・。

 ところで、しらせを出迎えた日の夜に、白瀬中尉の弟さんの孫、白瀬京子さんを偲ぶ「凌霄忌」がありました。丁度12日に亡くなられたんですね〜。
 
 秋田県金浦のエヌポックの方が中心になりまして、大正元年の南極探検並びに昭和31年の南極第一次観測隊を後援致しました朝日新聞関係の方も参加。もちろん南極越冬された中山由美記者も、「しらせ帰港」の記事を書きましたので、出来上がった夕刊を持参して参加されました。他にも、遠く北海道稚内からは、市長さんや教育委員会の方、カラフト犬保存会の方がおみえになり、そこに絵本作家や音楽家に講釈師までも・・何とバラエティ豊かな「南極」で繋がった面々が集まりました。

「しらせ」の行き先に関しては、稚内の市長さん、莫大なお金が掛るので何とも「う〜ん・・」と、お悩みの様子でした。後で弟に話しましたら、稚内の市長さんは自動車屋さんで、弟の会社の社長とはお知り合い。それに他のお二人は昨年夏に羽幌で南極講談口演を聞きにいらしてくださった方でした。全く世間は狭いですね〜。
 
 南極講談のおかげで、このような集まりにも参加するようになり、極く自然の流れで、南極探検白瀬中尉の物語もこの秋には高座に掛けられそうです。

 後継船の新「しらせ」は明日、京都府舞鶴市で進水式が行なわれます。

2008年4月10日 (木)  
 昨日は師匠宅へ、今度の勉強会の新ネタを教えていただきに参りました。私には、ちょっと難しいですが、古典で「名医と名優」というネタ。これは名医ヘボン博士が、名女形の沢村田之助が脱疽で命も危ないところを助ける話です。有高扶桑先生のご本から羽野さんが講談にしてくれた「あぶだ春朔」というオリジナル講談、これも多くの人々を助けた医師、緒方春朔の天然痘根絶に生涯を賭けた話ですが、これがありますので、丁度「医学のシリーズ」でというご配慮からでしょう。そこから姪っ子宅へ子守に行きました。

 丁度赤ちゃんの予防接種に出掛けました。次々と赤ちゃん達が注射のチクリで「ギヤ〜!」と泣き声の大合唱。姪っ子の赤ちゃんも大音量で派手に泣きました。この頃前歯が一本生えたばかり。夜には姪っ子の妹も来たので賑やかになり、心なしか赤ちゃんも嬉しそうです。

 この間も都営新宿線で遅れが出ましたが、昨日も車両事故の遅れがあり、更に追い撃ちをかけるように京王線つつじが丘で、「運転手の具合が悪い為、運転見合わせ〜」という耳慣れないアナウンスが・・。その様子を詳しく知りたい。あ〜でもないこ〜でもないとやじ馬的に想像してしまいました。これ位では新聞やTVニュースにもなりませんので想像するしかないようです。

 今日は早朝に、中央線国分寺駅付近の変電所で火災があり停電。2万人が缶詰め状態になり隣駅まで歩いたそうです。私も2年前に都営新宿線で同じ体験をした事がありましたが、今朝のは結局200本以上運休の7時間マヒという、おまけに天候も悪く仕事等で出掛けた方は本当に大変ですね〜。私も総武線は割に利用する電車ですが、今日は出掛ける事がなくて良かったです。

 それにしても近頃は、電車事故も多いし何がおこるかわからないので気をつけなきゃ〜。

2008年4月7日 (月)  
 金浦から戻りました。秋田美人とは良くいうもので、金浦の方々、皆さんお肌がきれいで羨ましい・・。それに関係者の方々、気持ちの良い方ばかりでした。

 漁業と農業の盛んなこの町では、雲を見て天候を判断し、仕事に出たそうですね。日本百名山鳥海山は雄大で美しい〜、空気と水が良いのですから、こちらの方は綺麗な人が多いのでしょう。

 さて、こちらには「白瀬南極探検隊記念館」があります。白瀬中尉の夢を引き継いで始められた日本の南極観測ですから、私の「南極第一次観測隊物語」を聴きたいと呼んで下さった訳です。この記念館は、あの黒川紀章氏が建設した素晴らしい建物です。白瀬矗とともに夢を追い求めた隊員達のことや、村山雅美隊長が極点行に使った大型雪上車「KD605」が展示されています。因みに、もう一台の雪上車「KD604」は国立極地研究所にございます。

 ご馳走に天然温泉で、ゆっくりくつろがせていただきました。春の山菜「こごみ」や「タケノコ」、焼いた筍にフキノトウが〜これ本当に美味しかったです。他にも珍味「春の山菜」を食べると、一年分の毒素を体内から出してくれると、美人医師K先生がおっしゃってました。なるほど、帰宅の日はドッと毒素が出たようで体調良し。白瀬矗の生まれ変わりのような、夢と情熱と行動力を持った金浦の有志に囲まれて、楽しい一時を過させていただき白瀬中尉への関心も高まりました。

「春よせ花よせ笑い寄席」では私の「南極講談」、平常心を失い残念なことに・・でも、流石に羽野さんの音楽は評判でした!それにトリの春風亭華柳師匠、もう大先輩ですのに、とてもいい師匠で、ご一緒できて嬉しかったです。

「寒中でも火に当たらない」「お湯を飲まない」「酒を飲まない」「煙草を吸わない」「お茶を飲まない」・・・これは白瀬中尉が少年時代に北極探検を志した時から厳守してきた五ケ条ですが、それを死ぬまで守り通しました・・こんな凄い人の講談を頼まれたのですから、中尉にあやかり芸道精進心掛けたいものです。

 生家の浄蓮寺ご住職さまに色々とお話しを伺って参りました。兎に角、羽野さんの台本が出来るのが楽しみです。

2008年4月3日 (木)  
 ここ数日、肝機能に負担がかかる強い薬を飲んでおります。日頃はあまりお薬を飲むことがないのですが、これは6日間だけ飲む薬です、グスン。一昨日は、協会の総会に出掛ける時にお腹の調子が悪くなり、途中下車してトイレに駆け込む事がありました。その上、強風で電車に遅れが生じ、一分でも惜しいところなのに「強風の為線路に付着物があり撤去をしております。お急ぎのところ申し訳ございませんが、暫くお待ちください」というアナウンス・・はぁ〜、ついてない。

 翌日は薬を一つ減らして飲みましたら、だいぶ体調は良くなりました。こんな中を毎日出掛けておりましたので、今日は早く眠って明日は早朝から秋田に向います。いよいよ秋田県金浦、白瀬中尉の故郷へ参ります。

2008年4月1日 (火)  
 一昨日は桜が満開。NHK放送博物館前の桜の下で、宴会をしている人達がおりました。いいなぁ〜と思っていましたら、愛宕山講談会の終了後に博物館の方、館内から桜を愛でながらちょっと一杯という粋な計らいをしてくださいました。おかげで素晴らしいお花見を楽しめました。

 その後は師匠と銀座、レトロなお店に連れていっていただきました。久しぶりに心持ち良く一杯飲めたのは、お店フインキなんでしょうか。お店のご夫婦にお客さんの様子〜なんか昭和のにおいがしてホッとした一時でした。
 
 昨日は「花便り寄席」の帰りに、九段下で途中下車して靖国神社へ。桜が満開になると、特攻隊の人達やトメさんや礼子さん、もしかして私の父も靖国神社に集まって戦友と酒を酌み交わしてるかもしれない〜と思って立寄る事にしたのです。トリでしたので寄席が跳ねたのが4時半過ぎ。靖国神社についたのが6時頃で、残念ながら閉門しておりました。しかし、桜は綺麗に咲き誇っておりましたよ。雨でシートも濡れておりましたが、頑張ってお花見をしている人が結構おりましたし、屋台も沢山並んで賑やかなこと・・夜桜は人を幻想の世界へ誘うようです。

2008年3月26日 (水)  
 江戸東京博物館に「篤姫展」を見に行きました。篤姫の波乱に満ちた生涯を幾島こと松坂慶子のナレーションガイドホーン(別料金500円)に案内されて辿ると分かりやすいようです。13代将軍家定に嫁ぎ、その後1年7ヶ月で夫家定は急死。まだ若い14代将軍家茂の養母として、その妻和宮とともに江戸城大奥をまとめます。この二人は着物の好みからしても対照的な性格のようです。

 篤姫をとりまく人達や縁の品々、当時の華麗な調度等が展示されてあります。この日は入場者が多く、一巡りするのも時間がかかりましたが、見応えはありました。全館廻りたかったのですが、今回は特別展だけにして今度ゆっくりと観たいものです。

 来月上旬は秋田県にかほ市金浦に参ります。こちらも、朝日新聞中山記者のお陰で「白瀬中尉をよみがえらせる会」の会長渡部さんとご縁ができ、白瀬の講談をしてもらいたいとお話がございました。参考にと白瀬矗の弟の孫にあたる京子さんの著書をいただいており、取材を兼ねまして、来月、新南極観測船「しらせ」の命名も記念しての「春よせ花よせ笑い寄席」に音楽入り南極講談で出演させていただきます。

 この会はNPO法人「エヌポック」と、基本テーマに「命の大切さ」も謳うNPO法人「地球ぼうえい隊」が主催ですが、この南極の脚本と音楽担当してくださってる羽野さんの作品に、こちらの会に相応しい曲が沢山あり、主催側の要望でにシンセサイザー演奏タイムもございます。

 南極を語るに不可欠、南極探検の元祖白瀬中尉の生家や記念館を見学する日が近くなりました、とても楽しみにしております。

2008年3月21日 (金)  
 2日間夜席でした。この定席は、年に数回しか出られませんので貴重な高座なのですが、両日とも久しぶりのネタを、最初の数ページ復習っただけで掛ける事になってしまった・・トホホ・・。このところ、掛け慣れてるネタもいくつかあるのですが、同じ小屋で同じネタは避けるとか、他にも色々と事情があります。でも、単なる言い訳に過ぎないです。反省!!

「ちりとてちん」もいよいよ最終回が迫っておりますが、あちらは落語ですから皆に笑ってもらう為の常打小屋、こちらは自分たちの勉強の場の定席。「これはいい!」と思えば定席が増えてた筈ですから、その為にはまず芸を磨く事が肝心な訳ですね。かなりムラがありますので、気を引き締めて精進しないと・・。

 今日から新潟の梅桜亭です。あちらは、まだまだ寒そうです〜。

2008年3月18日 (火)  
 一昨日は姪っ子宅へお手伝に。私でも頼りにしてくれる姪っ子が可愛い!それに、姪の赤ちゃんは連れて帰りたい程可愛い〜。しかし、赤ちゃんオンブして夕飯作って・・さぁ〜、これからが大変だ。母親の姪っ子がお風呂に入って、支度が出来たら呼びだしが鳴りますので、急いで赤ちゃんの洋服脱がせてオシメを取って風呂場に連れていきますが・・もう、姪っ子がいないと途中から「この人はママじゃない!」と気が付くのか、急に凄い勢いで泣きます。

「どうして?私が何かしたの?何で泣くの?」もう・・・こっちの方が泣きたくなります。どうも赤ちゃんはお母さんを、おっぱいの匂いで分かるんだそうです。オシメを剥ぎ取ったらおしっこがピューン・・あらら・・実は女の子なんですけどね〜。今回で経験しておけば、2番目の姪っ子の時には手早く子守が出来るようになるでしょう。

 その帰り道、京王線武蔵野台〜飛田給駅で人身事故があり、警察の取り調べだとかレスキュー隊だとか消防車だとか救出作業云々の車内アナウンス。想像するに偉い騒ぎの様子なのに、新聞にもTVニュースでも取り上げてないようです。事故が多過ぎるからでしょう。タイミング悪く巻き添え食った乗客としては、40分も待たされる訳だからもっと情報を提供して欲しいと思うのですが・・。

 昨日は確定申告に行って参りました。一つスッキリしたところで、新しいネタを覚えなきゃ〜。

2008年3月15日 (土)  
 昨日は、世田谷文学館等で大変お世話になっておりますK氏のお声掛けで、上用賀アートホール「講談と落語の会」に出演させていただきました。会場は満員御礼の大盛況。トリの正朝師匠の落語を勉強させていただき、その後は師匠のお供で、晴海のホテルでもう一席。こちらは師匠と、アコーディオン漫談の近藤志げる師匠が出演です。この日は昼夜で勉強になりました〜。こういうのが度々ありますと嬉しいのですが・・。しかし今月は高座が多い方ですね。一高座一高座大事にしなきゃいけないのはわかっているのですがね〜。

 テレビの「ちりとてちん」、若狭塗り箸イベントにゲスト出演していた若草の落語を途中で聴かなくなった観衆を、落語を辞める決意をした小草若が高座に上がって振り向かせ聴かせる場面をやっておりました。いや、現実は違うと首を振りながらも毎日見ておりますが、今日はちょっとウルっと涙が出ました。
 
 さあ、これから、寿司政寄席です。

2008年3月4日 (火)  
 一昨日、新潟板倉のこぶしの里「アトリエやま」から嬉しい荷物が届きました。地元の珍味の「かんずり」や「ふきのとうのみそ」、素敵なリフォームのベストが2着!それに、可愛い「お雛さまにあられ」。あられと簡単に言いますが、これ寛永年間創業の餅菓子「高橋孫左衛門商店」! 名前からして凄そうですが、これが餅々したゼリーでとても美味しいのです。

 この「アトリエやま」、家族全員が芸術家で、七宝焼や草木染めや石粉人形など色んなものを作ります。お雛さまはお嬢さんの作品です。暖かく、そして強い絆で結ばれた素晴らしいご家族です。

 昨日は、足にトゲを刺したところが腫れて、膿を持って痛くて歩けませんので、仕方なく近所の皮膚科に行ってトゲを取って薬を塗って貰いましたら、今日は本当に良くなりました。

 普通に暮せる事がどれだけ幸せかが身にしみるこの頃です。

2008年2月26日 (火)  
 北海道に引き続き、新潟に行って参りました。風雪鳴り響く寒さでしたが、北海道は、帰った後で大雪に零下20度と大変なお天気になったそうです。危機一髪でした。

 危ないといえば、先週北海道帰りのコンタクトレンズ事件から一週間経ちました。お薬を一生懸命付けたのは、始めの3日間くらいでしたが、昨日新潟から戻って眼医者さんに掛かりましたら、
「もう角膜の傷が治ってるからコンタクトレンズ付けてもいいよ。普通はもっと長くかかるんだけどね〜、危ないところだった。まずは、おめでとう。薬はもう付けなくていい、目薬は変質してしまうから捨てなさい」と、また「おめでとう」と言われました。こうして、目薬の危険な事もちゃんと教えてくれるお医者さんは有難いです。

 今回は、姪っ子にも怒られました。
「もう、痛い目に会ってみないと分からないんだから〜、私があれほどダメだ!と言ったのに、レンズ貸したお母さんにも怒っといたよ」と・・トホホ・・しかし、こうして言ってくれる人は大事ですね。ありがとう!

2008年2月20日 (水)  
 北海道は行きも帰りも大変でした。行く日は胃腸の調子がとても悪く、飛行機は予定通り運行したのですが、この時期ですからね、天候も悪くバスが遅れて疲れました。

 実家に着いてからは10時就眠、起床7時半頃。食事の際に長芋を食べ、小食にして、宴会でも殆ど飲まず食べず。それに「湯たんぽ」でお腹を暖めて寝るようにしたら、驚くほど良くなりましたよ。

 そんな訳で胃腸は良くなったのですが、帰りの日、コンタクトレンズを、よせばいいのに、姉のワンディのソフトコンタクトを片方借りてしまいました。入れた途端目に違和感があったので、外そうとしたのですがなかなか外れず、そのままバスに乗り込みました。借り物なので視力が合わないし、度が弱いものだから、取れていたにも関わらず取ってないと思い込み、何度もレンズを取ろうとして・・・もう、帰りのバスや飛行機の中で目が痛くて痛くてもう目を触れない。当たり前だ、裸眼の目玉を何度も摘んでたんだから!

 千歳空港から、いつもコンタクトレンズを買ってる眼科に電話して、帰るとすぐに眼科に飛び込んだ!お医者さんが怒ったの怒らないの〜って凄く怒ってた。「人のレンズ使うなんて、一番しちゃいけない事なんだよ。もうレンズやめてメガネにしなさい!」って。調べていただいて、そこでようやく取れていたのが分かったのですが、腫れてしまった上瞼、引っ繰り返してピンセットで脇にレンズが入ってないか調べられ、もうこれまでの疲れや神経張ってたので気を失いそうになり、冷や汗がダラダラ出て来ました。

 先生がお水を持ってきてくれだいぶ楽になりましたが、案の定、角膜に傷がついていました。先生は、「運が良いね〜、この運大事にしなさい。これでレンズで失明する人が多いんだから〜。ギリギリセーフ!おめでとう!」と。道中、何度も涙成分無添加の目薬をさし、UVカットのサングラスをしていたので、不幸中の幸いだったのかもしれない。金輪際人のレンズは使いません。もうコリゴリです。来週には治るそうで助かりましたよ〜。

 そうそう、なぜこの時期に北海道に無理して出掛けたかと言いますと、姉弟は有難いもので、弟の声掛けで羽幌と士別で懇親会がございました。お忙しいにも関わらず皆様いらしていただき、有難うございました!

 羽幌は同級生の有力者Y氏に、以前、師匠の出前講談で大変お世話になっています。今回もお力添えをしてくださるそうです。士別では、有力者の方数名が集まってくださり、中でもK氏が羽野さんの才能に感心をされ、講談という伝統芸能に理解をしめされて、「今年もやりましょう」とおっしゃってくださいました。

 そんな訳で昨年に引き続き「士別 講談を語る会」を催して下さることになりました。本当にありがたいことです。今年の7月の上旬の予定です。昨年同様、梅星の講談と羽野誠司さんの他に尺八奏者の土井さんも出演致します。羽野さんのギターと土井さんの尺八演奏、お二人のコンサートが素晴らしいので、北海道の皆さんにも聴いていただきたいです。

 お二人のコンサートは昨年の下北沢教会に引き続き、明日2月21日(木)西荻窪「音や金時」で「和魂洋彩2」がございます。

 詳しくはこちらをご覧下さい。  http://www.geocities.jp/pneuma_jp/schedule.html

2008年2月12日 (火)  
 今日、通りすがりの住宅のベランダから布団や物を投げつけているという、恐ろしい場面に遭遇しました。
その建物の下に保育園があります。その平らで広い屋根を上から見下ろすと、ギッシリとゴミの山になっているそうです!その屋根に一旦落ちバウンドしたファックス機がバラバラになって道に散乱しました。これが通る人に当たり打ち所が悪かったら殺人ですよ。

 どうやら、そこの住民は何処の家が落すのか分からなかったらしく、窓から顔を出してどこのベランダなのかを尋ねてきました。上から何番目で横から何番目と教えましたら、「へぇ〜、隣だとは思わなかった〜」と驚いた様子です。
ベランダから物を投げつけていた人は男の人でした。その住宅には、何と・・他にも物資落下怪人が2家庭もあるという・・。もしかしたら下が保育園ですから騒音問題かも、こうして物を落して嫌がらせをしているのでしょうか。当然ながら、その後で警察が来ておりました。

 明後日、北海道へ懇親会に参ります。東京も雪が降りましたが、一面の銀世界も心が安らぐものです。

2008年2月9日 (土)  
 時が経つのは早いものでアッという間に2月・・この頃はパソコンに電源入れてもメールチエックするだけで、何だか億劫になってしまっておりました。

 雪降りの3日に本牧亭定席がありました。それに、木馬亭定席の日も雪、う〜ん・・思案の挙句に長靴にモンペ姿で出掛けました。前に新潟のD社長さんに仕立てていただきました優れ物。先生方や席亭の女将は「いいね〜」と言ってくださいましたが、デパートに入ると店員さん達がニタニタしながらこっちを見てました・・そんなに笑える姿だったのでしょうか??しかし、モンペのお陰で雪道も足もと気にせずに出掛けられましたよ。

 只今師匠琴梅はブラジル旅行で留守中なのです。そこで、今回は琴桜師匠のお供で川越の蓮馨寺辻講釈、夜は「宝井一門会」でも琴桜師匠とご一緒と貴重な一日でした。一門会での高座は、にわか仕込みのネタになってしまいましたが次回何とか整えたいものです。

 今日も雪で寒い一日です〜風邪引きませんようにお気をつけて下さい。

2008年1月20日 (日)  
 先日の愛宕山講談会には、漫画家のビックジョーさんとウノカマキリさんがいらしておりました。お二人とも別々にいらしたのですが、師匠の共通のお知り合いということで、漫画フアンが羨ましがるような顔ぶれの打上げとなりました。

 そういえば、私も漫画家の知りあいがおります。昨年、関屋俊隆さんに2度お会いしてます。最初は、船の科学館南極講談辻講釈に来て下さいました。その時に「ぼくらは知床探検隊」の型染版画の立派な絵本をくださり、今度は南極の西堀栄三郎を描きたいと熱く語っておられました。つぎお会いしたのは、「しらせを蘇らす会」の集まりでした。その頃は、知床で「南極講談」を!という話しも・・知床の絵本の隊長ワクさんやわんぱく隊の皆さんもお元気かな〜。

 昨年暮れに、西堀宅を訪れたことが書かれた素敵な版画の年賀状をいただきました。いよいよ「南極〜」の絵本制作をされるのかもしれません。是非、子ども達に見てもらいたいですね。

 講談に続いて、「宗谷」の著書や歌、そして南極や西堀越冬隊長の絵本と〜。こうして色々な分野で活動されてる方々に広めていただくことで、後世に伝えると共に宗谷保存の大きな力にもなると思います。

 今年は、その第一次の西堀栄三郎氏が尊敬しておられました「白瀬中尉」の故郷で南極講談実現するかもしれません。

2008年1月11日 (金)  
 昨年、東京海洋大学0B会楽水会の主催により、品川キャンパスで「南極第一次観測隊物語」を羽野誠司さんの音楽入りで公演させていただきました。この事が、楽水会が発行している雑誌「楽水」新年号の表紙と数ページに渡って取り上げられております。羽野さんの台本は、楽水会での公演の為に特別に付け加えた「海鷹丸」の部分が掲載されておりますが、そこで羽野さんは、音楽家ではなく脚本家となっていました!
 
 これも、南極をテーマに台本を書いてくれた羽野誠司さんのお陰です。それに、上演許可をいただくためにお骨折りいただいた元文藝春秋編集長で、現松江観光協会プロデューサーの高橋一清氏のご尽力。そして、宗谷を見に行った時に出会った解説員の方が、当時学芸部のI氏をご紹介下さったことで生まれた船の科学館とのご縁。宗谷の前での辻講釈を、朝日新聞社会部の中山由美さんに取材していただき、この紙面を見て楽水会での公演が実現した訳です。この中山記者は昨夜のテレ朝「報道ステーション」に出演しておりました。相変わらずのご活躍で「地球環境テーマ」に世界を駈け回っておられます。体を張って辺境地に挑むカッコイイ女性です。
 
 そして「NHKラジオあさいちばん」の、遠田恵子さんのお陰で、また色々とお声をかけていただきました。遠田さんは、お人柄もキャスターとしても素晴らしい方です。

 こうして、多くの方とのご縁に恵まれ、ご協力を得て「南極第一次観測隊物語」昨年は、沢山活動の場をいただき感謝で一杯です。

 13日(日)は船の科学館で南極を語る辻講釈がありますが、この日はお台場のケーブルテレビの取材が入るそうです。南極50周年は終りましたが、今年も「南極講談」頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

2008年1月1日 (火)  
 新年明けましておめでとうございます!

 元旦は師匠宅に新年のご挨拶です。こういう決まりごとがあるのは、講談では他に聞きませんが、私にとってはとても嬉しいことです。

 師匠と琴桜師匠は大師匠のお墓参りと、おかみさん宅に新年のご挨拶に参りました。その間私は根津神社へブラ〜リ散策。残念ながらデジカメを忘れたので撮れませんでしたが、元日なので露店が並んでおりました。

 たこ焼きや甘酒、骨董品や古着古道具など色々です。金太郎飴やかりんとうを売っているお店があったりして楽しそうでした。参拝の行列も・・私は丁度時間になりましたので列に付かずに、湯島へ急ぎました。今日は師匠が初席ですので、勉強に参りました。

 これが、私の入門以来元旦の日課でございます。

 どうぞ本年も、宜しくお願い申し上げます。

2007年12月31日 (月)  
 お餅を食べ始めております。新潟でいただいたお餅が美味しいんです!膨らんでいた身体が、益々ぷぅ〜っと。これ、お正月になったらなら「どんだけ〜!」ふくらむのか心配です。

 今年はゆったりした年の瀬を過せると思ったのですが、なかなか予定通りには参りませんもので・・・。取り敢ず、年賀状は郵便局に出してきました。梅星通信は、来年送ることにします。

 一昨日は師匠宅の大掃除、師匠も琴桜師匠も大忙しです。琴桜師匠と一緒に掃除をするのは年に一度の楽しみでもあります。あ、自分ちも掃除しなきゃ〜。

 着物の整理をしていましたら、実家が昔呉服屋だったという友達から、数年前にいただいた風呂敷に包まれた数枚の着物、その中の一つをたたんでおりますと、袂の丸みの部分に何か硬い物が・・おやっとよ〜く触ったら、何と!小さめのマチ針が2本も〜。一度だけ着た事があるの。ギヨッ〜!

 10月に中国に行ってから、やたらと中国語の迷惑メールが多くなり弱ります。

 一年経つのは早いもの、どうぞ良い年をお迎え下さいませ!

2007年12月20日 (木)  
 ここ数年は京王線も事故が増えて、巻き込まれることも多くなりました。先日も人身事故で、新宿から1時間くらいも電車が動きませんでした。帰宅時なのでまだよかったのですが、その翌日は東海道線に乗るため、東京駅に急いでいたら、京王線も少しダイヤが乱れて、またそういう時に限って変なところで停止信号があったり、更に、何と総武線まで車両事故で遅れました。急いでいるときの15分の遅れは、とても大きいです。何で大事な日に限ってと落ち込みますが・・いつも、1時間前に出掛けるようにすればいい訳ですから自業自得というもの。

 昨日、何となくTVのチャンネルをまわしていたら、宝塚歌劇・星組公演「ソウル オブ ネバ!!」が放映中。轟 悠と湖月わたる、時代物の台詞は先日終了した「風林火山」の上杉謙信役のガクトの比ではない感じでガッカリしましたが、中でも、湖月わたるは良かったかな・・・殆ど宝塚を観劇したことがなかったので、ついつい華やかさに魅入ってしまい終了まで見てしまいました。

 先々月は姪っ子が早産で入院、今月は15日に北海道の弟が入院という・・・我が一家は何かある度に大騒ぎです。良いことがなくても悪いことがないように願いたい・・運は自分できり開くものとも言いますが・・。

2007年12月11日 (火)  
 早産のため保育器で、数々の難関をクリアして育った姪っ子の赤ちゃんは、とても元気です。先月まで姉(姪の母親)が上京して世話をしておりましたが、後ろ髪引かれるようにして北海道に帰りました。そこで姪の妹や叔母の私も、手が必要な日で空いているときは子守や買い物などの手伝いに・・・。

 昨日も行きましたら、姪の妹のプレゼントで大きなXマスツリーが・・。妹の暖かい気持ちが伝わります。この3日間愚図っていた赤ちゃんが、今日は珍しくよく眠ります。赤ちゃんと同時に母親も眠った方がいいのですが、そうもまいりません。あ〜泣きだした〜オシメ取り換えおっぱいやって・・母親は、寝不足な上におっぱい絞られてグッタリ〜。赤ちゃんは満足げにスヤスヤ寝息をたてて眠りました。

 抱っこすると泣きやみ、寝かせると泣きます。あだ名はおむすび山〜!おむすび姫〜!おむすび型の顔なのでどうしても「おむすび」がついてしまう。本当に可愛いのですよ〜、叔母の私もデレデレ〜。

 年賀状の裏面を作成しました。奮発してインクジェット写真用の年賀ハガキを買いました。やはり一枚につき10円高いだけのことはありますが、いまいちパソコンを使いこなせておりませんので、多分、もっと奇麗に作成出来るのでしょうけど、私にしたら出来の良い方でしょう。

「梅星通信」も作成してと、相変わらず色々と雑務に追われてはおりますが、いつもの年の瀬よりも落ち着いていられそうです。

2007年12月5日 (水)  
 先月は、忙しい感じにさせていただきました。

 大変だったのは29日、私の勉強会です。旅続きの後でしたので、お客様へのご案内も講談も準備不足という具合。それにしては、寒い夜でしたのに、お客さまが思いの外いらしてくださいましたこと、心から感謝いたしております。

 ゲストは、柳家さん八師匠!さん八師匠はとてもいい師匠で、私の師匠の「北海道出前講談」で何度となくご一緒させていただきました。とても親しみを感じて好きな師匠です。私の勉強会、何となく暗いフインキの会場でしたが、おかげで盛り上げていただきました。本当にありがとうございます。

 12月に入って1日、この日は今年納めの「船の科学館辻講釈」でした。たまには古典、義士伝を半分なんて考えており、「南極〜」お復習いもそこそこにしておりましたら、やっぱり南極を聴きに来て下さるお客様が待っておられました。あ〜、ちゃんと復習っておくのでした〜。「宗谷」に来年も宜しくとご挨拶をして参りました。

 昨日は「かぶら矢会」でした。ここでは、いつもお弁当係を任されております。今回は「なだ万」の弁当を・・しかしここは、5万以上の買い物でなければ会場に届けてくれません。両手に一杯の弁当20個を提げて、せっせと運んでまいりました。体力だけが取り柄の私でしたが、年と供にだんだん荷物が重く感じる〜、でも、先生方が美味しいと言って下さると、重さも忘れて嬉しくなります。よ〜し、来年も先生方に喜んで貰えるお弁当、用意しましょう。

 2日間家に篭れる日、11月始まって以来の事です。お手紙書いたり、デジカメ写真プリントしたり部屋の整理とお掃除、それと荷造り郵送と、数え上げればキリがないのですが・・結局、テレビ見てボーッとしてしまいそう・・ダラダラ〜デレ〜ッ・・。

2007年11月28日 (水)  
 20日から滋賀県へ。22日深夜に帰って、翌日からは新潟。戻ったら29日の勉強会が迫っております。うわ〜大変だ! いつも以上に案内も出してないですし、宣伝もしてませんので、とても心配です。それに、いつもは上野広小路亭でしたが、今回は日程の都合がつかずに両国亭で勉強会をすることにいたしました。場所を間違えなければいいのですが・・ちょっと心配です。

 滋賀県では、何と!「県立水口高等学校プレ百周年記念講演会」という大掛かりなものでした。生徒さんが800人先生が60人です。私にとっては、この「プレ」はプレッシャー〜。これまでと比べて頑張った方ですが、長講ですのでダレるところもあります。学校の生徒さんに聴いてもらうには今一つ「南極講談」工夫すべき点はあったように思いましたが、それなのに生徒さんたち、頑張って聴いてくれてありがとうございました。後になって「あ〜すれば・・・こ〜うすれば良かった」という反省が多々ありましたが、これからに生かしたいと思います。

 この学校の卒業生の中に第6次観測隊の隊長を勤めた方がおられます。それに、近くに西堀栄三郎記念館もございますので、南極とは縁が深い訳です。お陰で西堀記念館を訪れることが出来ましたし、こちらの校長先生には感謝で一杯です。

 新潟は、いつになく雪が降っており夜はかなり冷えました。美味しい大根やネギに白菜沢山食べて、しかもいただいて参りました。今月上旬は北海道へ、そして下旬は滋賀県、新潟県と何故か寒いところばかり、しかし滋賀県は、優秀な人が多く本当にいいところ見どころも沢山ありますね。

 昨日は船の科学館で「宗谷見学ツアー」南極講談一席で札幌からのお客様でした。北海道だけに関心持って聴いて下さる方が多かったです。ここでのツアー一席はこれが最後です。大変お世話になりました。

2007年11月19日 (月)  
 昨日は船の科学館で「南極講談」辻講釈をさせていただきました。天候にも恵まれたお台場、船の科学館から見る景色は素晴らしい眺めで、4階のレストランからは富士山も見えましたよ〜。

 今年の1月、朝日新聞中山記者が船の科学館「辻講釈」の記事を夕刊社会面に載せて下さったお陰で、南極絡みの方にお逢いする機会が多くなり、様々な活動の場もいただきました。

 南極関係の方にお逢いするたびに、自分の知識見識了見の狭さが情け無くなりますが、自分の出来る範囲で少しずつ勉強し、これからも頑張りたいと思います。

 今日はこれから「鬼平犯科帳」監督の高瀬昌弘氏3冊目の著作「昭和千本のドラマたち」出版記念会に出席致します。何と、発起人は青春ドラマのスターの名がズラ〜ッと並んでおります。今日は皆さんご出席という訳ですね・・デジカメ持っていかなきゃ〜。

 3月に、NHKラジオ「あさ一番」のキャスター遠田恵子さんの番組で、「南極第一次観測隊物語」を取り上げていただきました。それを聴かれた滋賀県立水口高校の校長先生が、直ぐに船の科学館辻講釈日に駆けつけてくださいまして、公演依頼をいただきました。21日、水口高校プレ百年記念式典に「南極第一次観測隊物語」を公演させていただきます。それもこれも船の科学館との出逢いと、中山由美記者、遠田恵子キャスターのおかげです。今年も残り月が僅かとなりましたが、今年は沢山の南極のご縁をいただきまして、改めて感謝しております。

 そんな訳で、明日は滋賀県甲賀に行って参ります。

2007年11月16日 (金)  
 北海道から戻りました。色々と忙しい最中でしたが、姉が姪の出産後の世話に上京しおりますので、母親が一人になりました。それが心配で実家に様子を見に行きましたが、逆に、母にあれこれ気を遣わせ、かえって忙しくさせてしまいました。

 姉の旦那様が釣り上げた「かじか」で「かじか汁」、これが私の好物です。それに「はたはた」の煮付けに「平目」の刺し身・・・母の料理は美味しいものですね。

 親はどんな時でも子供を大事に思ってくれていると、しみじみ母の有難みを感じます。

 午後10時半頃眠って起床7時という、規則正しい生活をする事が出来たおかげで、身体を休めることが出来ました。
 
 帰ってきたその日から就眠が午前2時という・・夢から醒めたような不規則な生活です。それにゆっくりしてきたツケがまわって、29日の勉強会の新ネタ覚えで大焦り。

 しかし「南極50周年」のおかげで、来週はもう一つ大きなイベントの予定を控えており、体調を崩さないよう気をつけないと。東京に来てみると、マスクをしたり咳き込む人の多いこと・・。
皆様もお気をつけくださいませ。

 秋深し 母が待ちおる 里帰り

 亡き父の 部屋にて眠る 初時雨れ

2007年11月10日 (土)  
 今日は東京海洋大学・楽水会協賛「海鷹祭」で、「南極第一次観測隊物語」を公演させていただきました。あいにくの雨でしたが会場は沢山のお客様。宗谷の隋伴船として南極に航海した「海鷹丸」の活躍を折り込み、読ませていただきました。今日は羽野さんの音楽入りでしたので、それにも助けられ、お陰様で来年の5月にも再演という嬉しいお話もいただきました。

 しかし、意外なところで間違ったりして反省・・次回は気をつけなくては〜。因みに、東京海洋大学「海鷹祭」昨日9日の出演は「さかなクン」でした。

 明日は北海道へ参ります・・寒いそうです〜。

2007年11月9日 (金)  
 群馬県猿ケ京「野の花畑蔵やしき」の講談会、今回は師匠にも出演いただき、盛会のうちに終了致しました。皆さんと苗場や法師温泉も見学し、秋の紅葉を満喫してまいりましたが、旅続きでちょっと草臥れ気味です。それに今月末の勉強会を控えており、そちらは新ネタ2席も・・精神的に追い詰められる感じになって参りました。

 昨日は、宗谷の操舵長だった三田安則さんにお声を掛けていただきまして「宗谷の会」に出席いたしました。私のお隣の席には、キャスターであり「奇跡の船宗谷」を出版された桜林美佐さんがいらしたのですが、この日は先約の観光ツアー「宗谷見学」の皆様に「南極講談」一席を演じる予定がありまして、1時半には「羊蹄丸」の方へ行かなければならず、桜林さんとお話をする余裕がありませんでした。

 また隣りのテーブルには「南極第一次観測隊物語」原作者の北村泰一先生や、今年「昭和のくらし博物館」でご一緒させていただきました第一次越冬隊員の作間俊夫氏も。大急ぎでご挨拶を・・。最後に三田さんにご挨拶して会場を後にしましたが、後でいただいたご出席名簿を拝見すると、凄い方々勢揃いのようでした。その中には第一次越冬隊気象庁職員村越望さんのお名前もありました!

「宗谷の会」最後まで参加したかった〜と、とても残念に思いましたが、考えて見れば仕事先が船の科学館内だっただけに、こうして僅かでも参加する事ができて、北村先生や作間さん三田さんとお話が出来たのですから良かったと思います。

 明日は東京海洋大学・品川キヤンパス「海鷹祭」で、南極第一次観測隊物語を公演させていただきます。場所は楽水会館「鈴木善幸記念ホール」です。詳しくは下記へ。

http://www.rakusui.or.jp/gyouji/index.php

2007年11月2日 (金)  
 新潟梅桜亭から戻りました。梅桜寄席が始まって依頼の大入り満員でした。今回は落語の小里ん師匠と、再来年の大河ドラマ「天地人」の原作者 火坂先生がゲストでした。玄関の外が木戸、高座へも外からの出入りです。火坂先生は着物姿で見えました。お人柄も講演もとても好感持てました。私も早速本を買って、サインをしていただきました。

「上杉謙信の好物知ってますか?」と聞かれ「いいえ」と答えると「それは、梅干です」
とても良いこと教えていただきました。有難うございました。

 この頃は講演続きとのことですから、大変お忙しい中での梅桜寄席ご出演でございました。

 一昨日は午前中から協会の臨時寄り合い。その後で、琴桜師匠が銀座の着物展示会に連れてって下さいました。人間国宝の染織家「志村ふくみ・洋子 着物展」です。洗練された色合いの紬織、その素晴らしい淡い色彩は独特なもので感動の溜め息が出る程です。良いものを見るようにと言って下さる琴桜師匠のお心遣い、とても嬉しく、急にテンションも高くなりました。この頃は失望する事が多かったのですが、おかげで元気が出たような気がします。

 さて、今日は群馬県猿ケ京温泉「蔵やしき野の花畑」で講談会がございます。お時間ございましたらいらしてくださいませ。詳しいことは、こちらまで。

http://www.kurayashiki.co.jp/index.html

2007年10月25日 (木)  
 中国から戻りまして、疲れが取れた頃には新潟の梅桜亭です。

 今月は、大変な騒ぎになりそうです。何故かと言うと、26日は師匠の芸祭参加の会があり、私も手伝います。その日の深夜か翌日早朝に新潟に参ります。しかも今回のゲストには、再来年の大河ドラマ「天地人」の原作者火坂先生の講演がありますので、お客様が会場に入りきれない程になる模様です。更に、団体のお客様も・・う〜ん、お客様の入りも重なるものですね。

 しかし、どんなに大変でも、やっぱり日本が一番良いです。再認識する上でも中国に行って良かったと思いますよ。ただ芸の面では、私は基礎訓練から何から努力を重ねて頑張らないと大変だと思いました。

 今年も、後2ヶ月ちょっとですね。来月29日に梅星の勉強会「梅星のすっぱいは成功の会」を両国亭でやります。ネタは、西遊記から「通天河の魔王霊感大王を孫悟空がこらしめる」と、後一席は「名刀捨丸の由来」です。ハッハ・・ちょっと大変だけど頑張ります。

 それと、欲張って年内に少し練り上げたいネタがあります。中でも力を入れたいのは昨年の新作、福岡県の実在した医師の種痘法研究の話です。有高扶桑先生原作・羽野誠司さん脚色の「あぶだ春朔」。オリジナル講談の中でも、気に入っているネタですから、来年に向けて復習っておきたい。

 来月は、「南極第一次観測隊物語」で二ヶ所から大きなイベントに呼んでいただいておりますので、勉強会のネタは早めに準備しなきゃ〜と、だんだん緊張してきました。

2007年10月22日 (月)  
 師匠はじめ講談の先生方芸人6人と渥美塾、修羅場塾の講談塾生、総勢20人「中国講談視察ツアー」 蘇州で3泊、上海で一泊、4泊5日の旅から戻りました。殆どの参加者が知り合い、信頼出来る方々でしたので道中、師匠はじめ皆さん方に支えていただき無事に帰国する事が出来ました。蘇州に到着してからは、蘇州の「評彈師」袁さんの案内で、評彈茶屋で評話や評彈を観賞。蘇州評彈学校、評彈博物館等視察することが出来ました。評彈というのは浪曲に近く、評話が講談に近い感じでした。

 梅竹茶苑という演芸場で、何と84才の方の評話を聞きました。舞台は、イスですので、袖から杖を曳いての登場です。10分間の休憩を挟んで2時間喋り続けても声が変わりませんでした、凄い〜。出来れば、講談に近い方の評話をもっと聴きたかったです。

 初めて聴く評話や評彈は、中国語独特のリズムや声の高さ大きさに驚きます。そう言えば向こうの人は普段も大声で喋っており、まるでケンカでもしているかのようでした。それが、かえって発声の訓練になっているのかもしれませんね。

 昆曲博物館にて日中講談関係者交流では、師匠と渥美講談塾の渥美雅子先生が中国語で講談、上方では南湖さんと3名が蘇州の評弾家4名と交流公演でした。日本の講釈が出たときには、笑いをいつもより大きくして盛り上げますと、地元の人はそんなに面白いのか?という顔して笑って振り向きます。お客に受けたと評判は良かったようですよ。

 交通の方は、行きのバスは130キロのスピードを出して走行。窓から見ると、車は埃で黒っぽい色でも灰色になり、空も霞が掛ってるように見える事があります。かなりの大気汚染です・・ そんな中、電線に洗濯物を干してました〜これも可笑しい。帰りのバスは、上海に入ってからバスの運転手さんが道がわからなくて、大声で怒鳴って、通行人や対向車に聞く事数十回! も〜う、笑うしかありません。トイレは、ドアがないところもありました。ある評彈茶屋のトイレに洋式があったので除菌ウエットタオルで拭いてみると、何と真っ黒になりました。そんな感じで「え〜!、うわ〜!」って驚きがあちこちに。
 
 日本じゃ考えられないことばかりの連日で、ネタに困らない〜。成田空港に着いた時には、本当に日本は良い国だとつくづく思いましたよ。

 新聞にこんな事が、「孫文交友録にみる日中の意識差」。『上海で今行われている数々の日中友好行事の大半は、費用も日系企業や日中友好団体が全面提供するケースが多く、中国側はむしろ冷ややかという。「中国側は冷徹にお金もうけと見なす人が多く、友好行事と考える日本側と大きな相違がある」と打ち明ける関係者も多い』とか。

 まだまだ、中国は問題を山ほど抱えている国だと思いましたが、今回案内してくださった袁さん始め皆さんの評彈・評話はとてもパワーがあり刺激を受けました。日中友好に限らず世界に向けて公演されたらいいのにと思いました。もちろん講談もです!

 今回参加いたしました「中国講談視察ツアー」こうして、運にも恵まれ無事に帰国出来ましたこと、感謝致します。

2007年10月14日 (日)  
 秋ですね〜、コスモスの花が満開となりました。

 少し風邪気味で、怠い日が続きました。それにパソコンを操作していると、時間が潰れてしまうということと、とても疲れるものですから、ついつい一週間くらいもキーボードに触れてませんでした。こんな事は本当に珍しい事です。

 ある本に書いてありましたが、質の良い睡眠をするためには、入眠の1時間前から準備をすることだそうです。具体的にはパソコンを操作しない、テレビを観ない、酒や煙草を控える、食事や入浴も済ませる。寝つきの良い眠りは一時間前から〜出来るだけ脳を休めることだそうです。

 明日から19日まで「日中講談視察ツアー」に、師匠のお供で中国に参ります。中国と言えば、大気汚染を含む環境汚染や、食品や医薬品の有毒物等の問題がありますね。来年の北京オリンピックでは、選手が健康を害されてしまうという危惧が、世界のオリンピック関係者から漏れているそうです。いきなり大変問題の多い国に行くのですが、信頼おける方のお世話で参りますので・・あの・・それでも、用心して行って参ります。向こうで調達したくないものが多いので、ミネラルウォーターや日常必需品から軽食類、薬剤など必需品は忘れないように点検してしっかり準備したいと思います。

2007年10月3日 (水)  
 新潟から戻りました。暑かったので行きは夏服で、帰りはもう景色が変っており、電車内で私だけが季節外れの格好で恥ずかしいやら寒いやらで、お買い得な上着を買って着て帰りました。

 今回はお泊まりの方が料理人を連れてきてくださいましたので、食卓は豪勢でした〜。焼き鳥やお刺し身、汁物とご馳走にあやかりました。何だか舌だけは贅沢になったようです。
 
 先月植えた蕎麦は40センチくらいにまで育って、来月は食べれるそうです。稲刈りは、今年の気候ですからもう稲刈りは終っておりました。今年も新米をいただきホクホク顔です。本当に有難いです。

 琴桜師匠が野花を採ってきて生けました。あまり素敵なのでデジカメにパチリ〜、それと、地元の方がアケビを持って来てくださいました。これもとても可愛いですね〜パチリ!

 東京に戻ってから一日中眠りました〜。年に一度くらい寝だめすることがありますが、これで夏の疲れが取れたかもしれません。

2007年9月27日 (木)  
 安部前総理、安部内閣最後の閣議で「山積する課題を前に去るのは断腸の思いだ」と吐露していた〜という昨日の新聞を読んで目頭が熱くなりました。国民の為に一生懸命だった一国の首相を、志半ばにして健康を害させ辞任に追い込んだ、それを後押しした国民もいずれ後悔することになるのではないでしょうか。

 先日、あしがり郷「瀬戸屋敷 講談の夕べ」がありました。近そうで遠いのが小田急線。相模大野からいきなり各駅止りになります。小旅行にはお勧めです。瀬戸屋敷の蔵が会場です。丁度、十五夜の飾り付けが賑やかに・・世の中の憂さも飛んでいきそうな風景でした。

 昨日は姪から買い物を頼まれました。何と、マタニテイ用品選び。下着なんですが、経験がないのでどれを買っていいのやら〜随分時間が掛ってしまいました。帝王切開で出産したので歩けるようにはなったものの、まだまだ大変そうです。今日は夕方から付き添いに参ります。姉の孫か〜姉はお婆ちゃんになるんだ〜、へえ〜、それじゃ姪の子供と私との関係は!?・・

 明日から新潟に参ります。稲刈りと蕎麦畑が待っているようです。

2007年9月24日 (月)  
 姪が破水して2週間になろうという一昨日に、無事出産致しました。帝王切開でしたから1700と小さいのですが、目鼻立ちのはっきりした可愛い女の子です。

 姉(姪の母親)も、もう頑張らなくて良いから早く取りだしてもらいなさいよ〜と、姪の身体を心配して言っている矢先のことでしたので、本人が一番ホッとしてるようです。可愛い姪っ子の出産に立ち会えて本当に良かったです。

 昨日は茨城の水戸支部で、師匠と琴桜師匠の「二葉会」がございました。あいにく曇りのお天気で月は見えませんでしたが、ガレージを会場に、飾られたススキが一段と、心地良い秋の夜長の講談会を演出しておりました。終演後の宴会・・地元のおかみさん方が作ってくださる料理、これが楽しみです。美味しい料理の前では、皆さん物も言わずに食べております。その場で焼いて食べさせてくれる焼き鳥屋さんなど、地元の野菜をたっぷり使ったご馳走ばかりです。北海道の鹿肉のローフトビーフや猪の肉入りけんちん汁。どれも手作りですが、チーズ一本とトマト一箱にご馳走のお裾分けをどっさりいただいて帰りました。まさに食欲の秋、これ以上肥らないように気をつけなきゃ〜。

 今日はこれから師匠のお供で、足柄の「瀬戸屋敷講談」の夕べです。こちらもこの時期に楽しみな講談会です。

2007年9月19日 (水)  
 一昨日は、2ヶ月振りの船の科学館での辻講釈でしたが、暑かった〜。それでも23人くらいのお客さまに聴いていただけました。その中に、海上保安庁の方で昭和43年まで5年間「宗谷」に乗ってた方がいらして、スピーカーや機材を持ち込んでバンドの練習をしていた乗り組み員もいたなどと、面白いエピソードをお聞きする事が出来ました。

 その帰りに姪っ子の入院先に行って見ますと、本人の希望で個室に移っておりました。費用は嵩みますが精神的に落ち着くようです。やはり個室だと付き添いにとっても気が楽です。

 昨日の「かぶら矢会」前にも2時間くらい顔を出しましたら、夜に陣痛のような状態になって強い薬に変えたら納まったようです。胎児にはいいのでしょうが、母体への薬の副作用が心配です。ところでその病院では、姪っ子のような状態で一週間も持った人はいないかったそうです。多分、もう我慢出来ずにトイレに行ったりして、赤ちゃんを取りださなければならない状態になってしまうのでしょうね。今日で10日目ですから、姪の頑張りは大変なものです。この分だと帝王切開しなくても済むかもしれないそうですよ。もう少し、ガンバレ!

 ところでその「かぶら矢会」、私の講談の方は自業自得の情け無さ、先生方のネタにつかない、慣れた短い話も全く無かったわけではなかったのに〜今にして考えると、長い話を無理して縮めて内容が分からなくなったり、時計を気にして焦って間違えるよりも、以前に掛けていても短い話の方にすればよかったと・・。

 昨日も応援していただいているお客様から素敵な帯と道行きいただいたり、お祝いをいただいたりと恐縮です。しかし、お客様からのご恩に報いる為にも講談しっかり頑張らないといけないのに・・うっうっ・・泣けてきます。

2007年9月16日 (日)  
 忙しかった後には大きな出費があり、やっとまとまった休みになったと思ったら突発的なことが起こる、上手く出来てるようです。

 実はここ数日、産婦人科通いです。いえ、私ではなく姪っ子です。タクシーに乗ったら、患者だと思われてしまうので、面会ですので入院口へと先に言っておく。

 姪っ子の出産予定が11月5日でしたが、2ヶ月も早くに破水しまして・・手首のコードネームを見ると、名前に生年月日に入院日が記入、それが19.9.9!数字のジンクスから言っても、あまり気持ちの良くない数字が3つ並ぶ日に入院してます。羊水が出ないようにベッドで寝たままの生活で、左右を向くだけ、身動きできません。旦那さんや姪っ子の妹と私とで病院通い。3人で予定を調整して付き添いして早一週間になります。

 私は一昨日で4日間付き添いしましたが、病院というところは行くだけでエネルギーが吸収されてしまいそう、もうグッタリして家路に着きます。しかし一番辛いのは患者ですから、誰も付き添いがいない時は、仕事の合間を縫ってでも姪っ子の側にいてやりたいという気持ちで一杯です。

 姪っ子に可愛い妹がおりまして、この妹が姉思いで忙しい仕事で明け暮れてるのに、貴重な休日は姉の面倒を見てくれます。とてもいい姪っ子達で、日頃から仲が良く助け合っております。

 破水すると、生まれる状態になっていないのに、陣痛が始まり母体から胎児が出ようとするそうです。それで点滴で陣痛を遅らせ一日でも長く母体内で育てようと母親もお腹の赤ちゃんも頑張っておりますが・・いよいよとなったら帝王切開になるのでしょう。

 昨日は、雑誌「正論」の編集長、上島嘉郎さんの講演をお聞きする事が出来ました。テーマは「特攻隊〜」だったようですが安部総理辞任がありましたのでその話になり、特攻隊の話は最後に少しとなりましたが、全体的に充実した講演でした。

 私も、マスコミが何を言おうと、目的は安部政権潰しだと思っていましたから、それは真に受けておりませんでしたが、勿体無い人を辞任に追い込んだと思います。安部総理が掲げた政治理念や戦後レジームからの脱却など、もっと安部総理にやっていただきたかったです。
 
 上島さんの講演は好感持てましたし、非常に勉強になりました。想像力を持って多様な事実を汲み取るようにしたいと思いました。

2007年9月13日 (木)  
 安部総理辞任表明という速報でびっくりしました。

 閣僚の相次ぐ不祥事に足を引っ張られて色々ありましたので、心労が積み重なるのは当然のことです。それに、若くして一国のリーダーになったので、嫉妬とかもあったのではないのでしょうか?

 総理に相応しいご人格と好ましく思っておりましたのに、参謀に恵まれなかったような気がして残念です。後は、小渕さんのように大変な事態にならないように、安部さんの健康が心配ですね。

 やっと涼しくなり、私の顔のブッブッもだいぶおさまりました。大汗の原因を突き止め、体質を改善することしかないようです。

2007年9月10日 (月)  
 9月に入って秋めいた日がありましたので、尚更残暑が厳しく感じられます。

 昨日は、両師匠の104回目の「二葉会」でした。寄席の音響機材が新しくなっていて、マイク調整を試さず高座に上がったものですから凄いハウリング。思わず後ずさりしながら、しかも声をひそめて講釈したのはこれが始めて。それでも最後までワォーンワォーンと不快な音ですからたまりません。そこへ持ってきて数年来掛けてないネタを久しぶりに寄席で掛けたものだから・・・。

 今回は本当に困った〜、前座ですから誰も音量調節してくれません。私が終ってから調節し、師匠に支障がなくて良かったです。

 落ち着けば一人前のようですが、まだまだ道のりは遠そうです。

2007年9月9日 (日)  
 この間、世田谷文学館の近くまで行きましたので、久しぶりに寄ってみました。丁度、美内すずえ「ガラスの仮面展」最終日でした。少女漫画フアンでもなかったので、あまり感心はないのですが、この「ガラスの仮面」は1976年から続いていて42巻まであるロングセラー作品なんですね。アニメやTVドラマ等ありましたが、来年は音楽劇舞台化されるそうです。同じ年のロングセラーで「こちら葛飾区亀有公園派出所」があります。その4年前には、野球漫画「ドカベン」こちらは48巻!

 講談もロングセラー、しかもどの編をとっても面白いなんていうのがあるといいのですが。

 実は南極講談も「南極第一次観測隊物語」に、短い話になると思いますが「宗谷」の伴走船として活躍した「海鷹丸」の話を付け加えての口演を、11月に依頼されました。「南極第一次〜」が本編ですが、どれを取り上げても一つ一つにドラマがありますので、これからも何編か出来そうです。その取材にこれから行くのですが、ちょうど羽野さんが忙しい時期。その上、この分ですと年内ギリギリになりそうな梅星の勉強会に大作オリジナル講談を考えて下さっているようです。こりゃ〜今年も大変だけど、頑張らなくては!

 今年も残るところ4ヶ月、月日の経つのは講談くらい早い。