| 2005年5月4日 (水) |
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| 昨日の「講談祭り」は大入り満員でした。それにしても「松ケンサンバ」、前日はDVDまで買って振りを覚えようと懸命にやったのに、本番では覚えた振りの一つも出来なかったよ〜。あー、無駄な時間になってしまった。そうだ、こんなことしてる場合じゃ無かった!ネタ覚えないと。もう、どないしょう・・。けど、こういう修羅場の毎日でもホンワカとした安らぎも、新潟から持ってきた桜の枝に花が咲きました。なかなか咲かないと思っていたら枝垂れ桜でした。葉も出て来てるけど桜が今頃楽しめるとは嬉しいですね。ちなみに私も「大遅咲き」なんです・・・根気良く見守って下さいね。 |
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| 2005年5月1日 (日) |
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今日は雨になって肌寒くなってしまいました。私は昨年あたりから天中殺ですと。どうりで良いことと悪い事が交互にきてあ〜、しんどいと思ったわ。これも日頃の心がけが悪いからなのか・・とにかくそそっかしいと・・この頃は自分でも納得してしまいます。 今月は勉強会の2席と、寄席で出したネタの3席と、それからなんと、講談祭りで自分が言い出した提案がもう独り歩きしてる・・こうなったら何でもやるしかおまへん。DVD買ってきてフリの研究、おまけに小道具まで・・・グスン・・ネタ覚えで忙しいところなのに、ホンマに口は災いの元ですワ。 |
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| 2005年4月29日 (金) |
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| すっかり初夏の陽気になりました。実は、新潟から持って帰った桜の枝、師匠のところでは咲いていたのですが、私のところでは手入れが悪かったので、まだ・・・今日になっても。それで、特別の水を注いでみたらなんと芽が膨らんできました! 明日が楽しみです。 |
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| 2005年4月25日 (月) |
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| 新潟の梅桜亭前の桜の木が、積雪の重さに堪えかねて枝が折れてしまいました。東京に帰るという日の朝にその枝を、師匠が高価な壺に生けました。ここ2日間の暖かさでやっとツボミがふくらみはじめたところ。誰も居なくなった梅桜亭で、秘かに且つ豪華に咲くんだろうな〜。誇らしげに美しく咲いているところを眺めに行ってやりたい心境になります。 |
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| 2005年4月21日 (木) |
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気温の変動で体調崩しやすいですが、私も花粉症になってしまったのか?風邪なのか?・・風邪なら2月にひきました。よーくわからない状態ですが、これでも今日あたりはだいぶよくなりました。お天気がいいのでお散歩には最適な日ですが、コンクリートの歩道に落ちてる花粉らしきものを見る度に呼吸を止めてしまいます・・・。 さぁーこれから脳ミソにエンジンを掛けて勉強会の準備を・・と思った途端に「グワーンと大地に轟く大音響を上げたれば!」これは、私の貧しい脳みそやくたびれた身体が「またかよ〜ォ」と悲鳴を上げてる音です。明日は新潟です。気合いを入れて頑張りまーす。 |
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| 2005年4月18日 (月) |
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晴天の大空を鯉のぼりが勢いよく泳いでおります。子供の頃を思い出すな〜。私には弟が二人おりますので5月には鯉のぼり、赤と青の2匹が我が家の玄関前に上ります。いつもお爺ちゃんの役目でした。お爺ちゃんといってもこのころは50代だったかも・・・。毎日、家の玄関を掃除しておりました。実に几帳面な人でしたが、残念ながらこういうところは私は受け継いでないようです。
安房直子さんの「きつねの窓」ではないけど指で窓を作ったら亡きおじいちゃんや、もんぺをはいて草むしりしているおばあちゃんや、小学校の帰り道に出会った時に飴玉を口に放り込んでくれた、母親の妹のおばちゃんが窓から見える・・・生と死は、そんな風に案外近いのかも知れません。天国に上る為にはお金や名誉ではなく、心の持ち方が問題なのでしょう。童話は、その核心をついていますよね。安房直子さんの童話は私もよく語らせていただきましたが、今から12年前、50才という若さで他界されました。ファンの一人として告別式に参りましたが、泣きたいのを我慢してお焼香の弔問者に一人一人に頭を下げているご子息に心が打たれました。
今日は、曇りで雨になりそうなお天気です。明日はいい一日になるように! |
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| 2005年4月11日 (月) |
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今日は雨になり 桜は散りはじめました。こんなに沢山の桜を観賞できた年も珍しい。上野のお山の「秋色桜」は満開でしたし、人も大勢! いつも思うけど満開の桜の下での宴会は1年分の憂さを晴らすかのようなどんちゃん騒ぎ。でもこれが、シーンと静まりかえっていたら桜が美しいだけに恐いような・・桜には不思議な力があるんですね〜。あ、そう言えば梅は観賞しない内に過ぎちゃったけど。 桜の木は切ってはいけないが、梅の木は切らないといけないそうですから、これまで色々ネタを覚えては一進一退してきましたが、そろそろ自分のネタにするものを決めて磨きをかけていかなければ・・と。それから、協会のお手伝いもさせていただく事になりましたので、お役にたてるよう精一杯頑張りたいと思います。 春よりも花はいく日もなきものを しひてもをしめ鶯のこえ(順徳院) |
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| 2005年4月8日 (金) |
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集中出来る時間がとれないと、電車内や徒歩中にブツブツと覚えているので、思い込み等で降りる駅を間違えたりしてでガックリします。やっぱり器用じゃないんだから、あれもこれもやるのは考えた方がいいのかな・・講談の方で大変なのに。 お世話になっている方の奥さまから訃報が届きました。読み返し読み返しながら涙が止りませんでした。大変なご病気とは伺っておりましたが、それでもいいお知らせがあるのではと・・前向きに待っておりましたが、本当に残念です。笑顔のいい方でした。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。前座の時から、講演に何度か呼んで下さいました。それから、勉強会には必ずお友達を大勢誘って来て下さいました。良い講談をお聞かせ出来なくて心残りです。本当に、お世話になりました。 そのお葉書には「巨視的に見れば一瞬でしかない大切な人生」と書いてありました。満開の桜の美しさと潔さ・・。今日の蓮馨寺、境内の桜は満開でした! 一瞬でしかない大切な命ですから、堂々と生きたい。 |
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| 2005年4月6日 (水) |
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この頃は住吉のお稽古に出掛けていますので、浅草にはよく参ります。私は以前世田谷に住んだことがありますが、いいところでした。ずーっと住んでいたかったんですが、家賃が高いので断念。昔は鎌倉にもあこがれていましたが、やっぱり仕事に出掛けるには時間がかかります。それに、もう私が考えていたイメージと大分変わってしまいました。 それに比べて浅草は、時間が止ったような懐かしさや気楽さ、それでもって寄席に出るには交通が便利だし、通い慣れても飽きることがないし、いつも明るい楽しい町ですね。時間をたっぷりとって廻って見たいところがいくつもあるのですが、いつも目的地に直行して終わるとそのまま帰ってくるという・・。今度一日空いいてる時にゆっくり散策したいと思います。 他にもいい町が色々ありますが・・住めば都といいますから、とにかく、今の住居が私の御殿です。仕事で気落ちしたり、理不尽な言い方や扱いをされた時には凄いストレスになりますので、家は安らげる場所でなければ・・あ、また部屋が散らかってしまった。こりゃ家に帰ってもストレスのもとですわ〜。今日のところはネタ覚えより掃除が肝心かも。 明日はお昼頃から協会の総会。そして夕方頃から住吉木遣り連のミーティングと続き、7日は一日会合の日という事に・・。ここのところ疲れが溜ってる梅星です。クエン酸でも摂ろう、共食いだって言われそうだけど。 |
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| 2005年4月4日 (月) |
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昨日は本牧亭定席で「秋色桜」を演じた後、上野公園をぶらりと散策。公園の入り口前には枝垂れ桜が見事に咲いておりました。本当なら、清水堂を見てから「秋色桜」をやれば良かったのですが、決めていたネタが見当違いで出来なくなり、あれもこれもダメで、急場のしのぎに・・・。琴桜師匠には「秋色桜 をやるんなら、せっかく近くに来るんだから一度見てきてからやりなさい」と、ご尤もでございます。へへーい! 秋色のしだれ桜はまだツボミでした。日曜ですし、気の早い人たちが桜を待ちきれずに、まだ咲かない木の下で宴会を始めていました。人出も多かったですね。
今日は身体の気になるところがあり、やっと病院へ、もう死の宣告を受けるような気持ちで行きました。それが、今のところは軟膏を渡されてそれでおしまい。2週間軟膏で様子を見て、直れば完治という事のようです。それまで食欲がなかったのが、急にお腹が減りはじめ、再び生命をいただいたような心持ちになりました。これからは、無茶な事をしないでコツコツと計画的に頑張ろう。 |
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| 2005年4月1日 (金) |
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| 桜も咲きはじめ、一年で一番いい季節となりました。昨年は見損ねましたので、今年は桜をゆっくり楽しみたいものです。少しずつ部屋の整頓して冬の衣類はもう片づけましょう。 |
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| 2005年3月30日 (水) |
「大江戸小粋組」旗揚げ公演、無事終了 |
昨日は、 永六輔先生が「喋るめくり」で出演して下さった「大江戸小粋組」旗揚げ公演、お陰様で大盛況でした。大先輩方に混じっての私(年では負けてませんけど・・)色々とご迷惑やご心配をお掛けしながら、下手ながらも大きな間違いはなかったと思っているのですが・・。 今回の会の企画で何から何まで骨折りいただきました奇術の松旭斎皆子師匠、踊りの指導北見師匠(どこに飛んでいくかわからない私の横についてサポートしてくださいました)、木遣りでお世話になります美智師匠、住吉の連絡で全員に細かい心遣いをしてくださる歌る多師匠に招き猫師匠と、大変お世話になりました。他には奇術の節子師匠に美登師匠、粋な小円歌師匠に小菊師匠、漫才のにゃん子師匠に金魚師匠、落語の菊千代師匠、右團治師匠、そしてピン芸の方では、リレー講談でご一緒させていただきました紅先生・・ハハーッ!大変お世話になりました。こんな大きな会に大先輩方とご一緒させていただき、二ッ目といえども責任の重さを痛感した次第です。 とにかく良い経験をさせていただきました。 |
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| 2005年3月28日 (月) |
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冷たい雨の日の中、午前中は「木遣り」の最終稽古でした。その後で、30分程高座のお稽古も致しました。今回は初めて神田紅先生とリレ-講談をさせていただきます。紅先生に色々と教えていただき、かつ励まして下さりお世話になります。 「大江戸小粋組」旗揚げ公演はいよいよ明日です。講談でも、こんなに稽古したことがないのできっと大丈夫!?頑張るぞ〜。 |
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| 2005年3月27日 (日) |
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昨日眼科に行ってきました。もう10年くらい前に霰粒腫というのになったことがあって、薬局で点眼薬や眼軟膏を買って来てそれをつけてもなかなか散らないので、結局近所の眼科医で切開して膿みを出してもらいました。固いしこりが瞼の表にありましたので、先生が「傷が残らないように」と気を遣って上手く手術してくださいました。ちなみに、ものもらいの病名は「麦粒腫」。何だか凄い病気のような名ですね。 それ以来、コンタクトを使っていることもあって、目が痒くなったり痛くなった時には駆け込んでお世話になっています。信頼できる主治医(病院)があるという事は有難い事です。今回はやっぱりスギ花粉とコンタクトの入れ過ぎとレンズを不潔にしていた事が原因でした。点眼薬を出していただき目がだいぶ楽になりました。よかった!ひと安心しました。どうか先生、いつまでもお元気で私達患者を救って下さいね。私の唯一の掛かり付けの先生ですから。 歯医者さんのかかりつけも以前にはありましたが、ちょっと不信な事があって、それ以来行ってません。でも、歯も気になるのですがどうしようかな・・?? こんな具合では、目医者さん以外にも信頼出来る病院を捜さなくてはなりませんね。 今日は、明後日の木遣り衣装や小道具の点検と用意等しながら部屋の掃除も少々。今度は部屋で怪我しそうな状態です。この29日(火)国立演芸場「大江戸小粋組」旗揚げ公演について、問い合わせもいただくのですが・・すでにチケット完了という快挙です。フゥ-(深呼吸)本番で間違いの無いように注意しなくては・・。 |
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| 2005年3月26日 (土) |
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昨日は、先輩の先生のお母さまの告別式に伺いました。大事な人とのお別れは限りなく切ない、悲しみで胸が震えます。 世の中に さらぬ別れが なくもがな 千代もと願う 人の子の為 これから、目医者さんに行ってきます。コンタクトのせいなのでしょうが、目のアレルギーです。 |
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| 2005年3月25日 (金) |
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踊りの稽古が2日間ありました。29日「大江戸小粋組」の踊りのお稽古は昨日で終了。後は「木遣り」の動きのお稽古が28日にあるのみとなりました。昨日はお稽古の前に、初めて上野鈴本演芸場に「木遣り」で出演させていただきました。もう光栄でドキドキです。先輩方も私と一緒ですと、違う意味でドキドキなのでは・・あ、また、ス・・スミマセンでした。 踊りもお稽古の回数を踏みますとレパートリーが増えてきて、そうなるとお稽古も楽しくなります。それに、踊りで汗を流すことはとても気持ちが良いですね。これも講談と同じで、とにかく高座百ぺんです。注意されたところが本番で出来るようにしなくては・・あ、高座も! 今日は、これからお葬式に参ります。 |
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| 2005年3月21日 (月) |
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何だか、いいことと悪いことが交互にやってきます。あんまり高座からダイビングって話しは聞きませんが、昨日は我ながら恐ろしく不注意でした。もっとも、今回はお客様が見にくいというご意見がありまして、高座を高くしてくれたのですが、降りる時にはそれをすっかり忘れてしまって・・・。一日たって、左の膝と左手と右腕と・・顔もこれでまた、複雑に歪んでしまったかな・・いや、かえってすっきりした・・かも。ともあれ、たいした事なくてよかったのですが、お客さんや関係者の方には、ご心配やご迷惑をおかけしました。 今日は、疲れが溜っていたのでめずらしくお昼寝しました。すっかり寝過ぎましたので夜中に整頓しましょう。 |
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| 2005年3月20日 (日) |
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愛宕山「出世の石段」を登って愛宕山講談会へ。なのに、何箇所かトチってしまいました。一番失敗したのは・・枕のところです・・ウ・・ウ・・。これが後々まで尾を引いたのか、高座から降りるときにダイナミックに落っこちてしまい、お〜恥ずかしい! せっかく石段を登ったのに御利益なし、グスン・・。
明日からは家の掃除と整頓、そして29日の稽古をしなくては。気持ちを切り替えて頑張ります。 |
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| 2005年3月18日 (金) |
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「宝井琴梅 活性化プロジェクト」第一回目が15日、西荻窪のライブハウス「音や金時」で行われました。この日は思いがけなく、新潟でお世話になっております大力納豆の坂詰社長さんと、小川さんご一行総勢5名様がいらして下さいまして大感激。丁度、勘三郎の襲名披露公演を観に来られて、その後に立ち寄って下さったのです。 羽野さん発案のオペラ講談「ドン・ジョバンニ」は評判も上々。ゲストの神谷さんの歌声は容姿とともに清楚で上品。羽野さんのギター伴奏で送る「アヴェ・マリア」などの歌曲も大変好評でした。 最後は師匠のシンセサイザー講談「は組小町」でガッチリとこの会の幕を納めました。羽野さんの企画で始まった「宝井琴梅 活性化プロジェクト」、次回はお客様の御要望に応え「ドン・ジョバンニ」の続編という事になりそうです。 さて、今日は一日お休みです。久しぶりにゆっくり・・と思ったけど「自分の活性化」を考えなきゃ。こうしちゃいられない!頑張るワン。 |
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| 2005年3月14日 (月) |
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夕べ新潟から戻りました。今回は、いつもより早く宴会がお開きになりましたので関係者一同大いに助かりました。色んな意味で梅桜亭は、その目的がスタートの時とは少し変わって来ているのかもしれません。でも、続けるのは大変な事ですけど。色んな人が出入りしますので人間ウォッチング、勉強になりますが。とにかく、夜11時にはお仕事全て終了なんて、近ごろでは珍しいことでした。 テレビも新聞も見ない生活が3日間続いて帰宅すると、また嫌な事件が山盛りで眉を潜める事が多いです。人生短い中で出会う人みんな、仲良くできるといいのでしょうが、なかなかこれが難しいですね。私は慌て者で不注意で頼りない・・これは努力で幾らかはカバーできると思いますが、根本的な性分はなかなか直せません。犯罪も、比率としては、またぶり返す人が多いようです。 悪いことをしてしまった人間は、自分の人生をやり直す以前に、まず、人生を狂わした相手方に償うべきだと思います。残虐な場合は外国のように、被害を少なくする為には少年でも顔写真を公表されても、仕方がないのではないでしょうか。 新潟は昨年の地震からまだ復興してないのにこの大雪です。当地に参りましても、梅桜亭の仕事と講談で一杯一杯無力な私ですが、せめて良い高座で楽しんでいただけるように精進したいと切に思いました。 |
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| 2005年3月11日 (金) |
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| 昨日は確定申告書の提出に行って、その後は「木遣り」と「住吉踊り」の稽古でした。目が・・・花粉アレルギーなので、一日中コンタクトレンズを入れてると目がグジャグジャでもう大変です。今日はこれから新潟梅桜亭に向いますが、もう行く前から疲れちゃってます。 |
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| 2005年3月7日 (月) |
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| 昨日までは風邪がまたぶり返しそうな寒さでした。5〜6日の本牧亭寄席は、女の子の節句にかけて女性のみの出演と言う事でしたが、私は2日間共出させていただきました。やはり同じ席で続けて高座があるのはとても勉強になります。一つのネタをあまり間隔置かないで5回くらい掛けられれば、少しは口慣れて良くなると思うのですが・・。最近は本棚に眠っている、前座時に荒く1〜2度掛けただけのネタを小出しにして高座に掛けています。高座百ぺんと言いますが、それにしてもウチの本棚には眠っているネタが多すぎます。もう5月の勉強会もありますし、新作2作品も準備しなきゃなりませんから、もうあれもこれもと安らぐ間もありません。一人前の講釈師になるまでには・・ふー、もう何だか気が遠くなりそうです。今日は久しぶりの良いお天気ですから、お洗濯をしましょう。 |
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| 2005年3月4日 (金) |
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今年3度目の雪です。外出した途端に「長靴履いてくればよかった!」と思いましたが、普段の靴で滑らないように恐る恐る歩いて駅まで。丁度、電車が雪のために遅れていて、乗り換える毎に待たされ続け、地下鉄に入ってようやくスムーズになりました。 今日は文化放送「やる気マンマン」の中で、木遣りの稽古の中継がありました。あ〜、自己紹介は簡単でよかったのに、焦って色々しゃべりすぎた・・また落ち込んでの帰り道。4時半頃、電車の窓から見ると日差しがポカポカと暖かそう! 気落ちしていた心も何となく温かくなりました。もう春もすぐそこです、頑張ろうー。 |
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| 2005年3月3日 (木) |
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新潟梅桜亭には4泊5日と一日長く滞在して、先月の28日の夜に戻りました。翌日の1日、午前中に「大江戸小粋組」で志ん朝師匠のお墓参りに行きました。今月末に旗揚げ公演がありますので、ご挨拶を兼ねてという事です。落語の神様といわれた志ん朝師匠に、生前ほんの短い期間ではありますがお会い出来た事は生涯の宝物です。「先輩方にもご迷惑おかけして色々と大変ですが、頑張ってお稽古いたします」とお参りして来ました。 今回の風邪は長かったー。まだ声を出すとき苦しいので、咽の回復はもう少しです。しかし、何処へ行っても風邪の猛威には驚くばかりです。 今月後半にネタ出ししている高座があるので梅桜寄席で予行演習出来てたらよかったんですが、あいにくとそれが出来ず、昨日の若手勉強会「新扇組」でかけてしまいました、トリなのに・・。前日覚えたネタでトリじゃ・・やっぱりダメですよね。あ〜、また落ち込んじゃった。手慣れたネタにすれば良かったかな・・でも、事前にやる場が無いのも不安だし・・トリじゃなかったら気楽に出せたんだけど。
昨日はその後、踊りの稽古です。今年になって、木遣りと踊りの稽古は出来る限り出ております。今日は何だかとっても疲れた! |
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| 2005年2月22日 (火) |
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確定申告を今日中に作成したい。毎日少しづつ整理していれば急に慌てなくてもいいのですが、いつも忙しい時に重なって大ごとになります。かといって、税理士に頼む余裕はありませんし・・。 講談で何とか生活できるようになるのは難しいと、唸っていても仕方ありませんが、やっぱり講釈は人の為、社会の為になると思いたいです。TV「あの人に会いたい」で五代目馬琴先生を見ました。志が高く、あの時代の人は「国の為になるかどうか」という事をまず考えたようですね。噂に違わず立派な先生です。その晩は五代目馬琴先生の高座姿、お顔とお声と話の中身が脳裏から離れませんでした。 もう風邪も殆ど抜けましたし、梅桜亭がありますので体力をつけないと・・頑張ろう。 |
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| 2005年2月19日 (土) |
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私は、上旬のうちに熱を出してしまったけど、どこの楽屋も風邪が大流行です。しかし咽がなかなか直らない。胸がぜいぜいして痰がからむし、咳がまだ出るし。高座に上って15分くらい声を出しているうちにガザガザして出なくなる。これは風邪のせいだけなのでしょうか?お医者に掛かった方がいいのかな、だんだん気になりはじめてきました。
昨日は日本橋亭、講談協会の夜席でした。いつも使う都営新宿線で九段下で乗り換えて半蔵門線で三越前へ。ところが、この日に乗った電車が悪かった・・。曙橋を出た辺りで電車が急にストップして、それから1時間30分位も缶詰めにされてしまいました。職員は色々とやってはいたようですけど、その度ごとに気をもたせつつですから、待ってるこちらは大変。私の出番は6時5分だよー、どうしょう・・。曙橋と市ケ谷の間で携帯も圏外。ここは車掌さんになんとかしてもらおうと、電車の先頭に行って側のお客さんに聞いてみました。 「電話したいんですけど、車掌さんに言えば連絡取ってくれるのでしょうか?」 そうしたら血気盛んな男の方が車掌室ドアをドンドンと叩いて呼びだしてくれたのです。 「あの〜、私これから仕事なんですが、あの〜寄席があるんですが、6時5分の出番に間に合わないので楽屋に連絡取りたいんですが」 「一人取ると皆にも取らなければならないので出来ません!」 そう言われても、こちらも必死。そうしたら血気の男性が「今、一人こうしてきてるんだからやってやれよ!」と救いの声。結局、都営線事務所から電話するというので電話番号を教えました。そのうち、その男性が切れて「もう一時間も閉じこもられているんだ、いい加減にしろ!もう歩くからここから出せ!」 間も無く、6時19分には退避誘導という事になり、先頭のドアから一人ずつ線路に降りて次の市ケ谷駅まで線路を歩きました。市ケ谷駅の時刻番は16時49分で止っていました。この時間には市ケ谷に到着する筈だったんです。本来なら私も5時5分位には楽屋に着いてたのにー・・。でも、こういう事態になった時に地下鉄から連絡を取る手だてがないのは困りものです。しかしこれだけ大変な思いをしたのに、ニュースではごく簡単にしか出ていませんでした。しかも「一時間あまりの停車」と。実際は一時間三十分にはなっていたはずですよ。真打ちの先生お三方に先に出ていただく事になり、大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。悔しいから、閉じこめられた電車の中で覚えた津波の話をやりました。 |
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| 2005年2月14日 (月) |
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ここ数日間風邪で寝てました。いくらでも眠れる、本当によーく寝ました。明日からは通常の生活に復帰です。声が出るかな〜、心配です。 この頃、外出すると花粉症のマスクが目立ちます。今年は大量にスギ花粉が発生して、新たに花粉症になる人が多いのだそうです。私も風邪の引き始めはもしかして花粉症になったのでは?と心配しました。でも・・風邪でよかった。
今日はバレンタイデー。女の子が男の人にチョコをあげる日。何だか企業に乗せられてバカバカしいような気がします。この日にチョコ一粒でももらったらお返しが待っている。とにかく、女の子は容赦なく高価な品を狙いますので、ちょっと恐ろしいかも。 以前は姪っ子もご多分に漏れずに高級なプレゼントを、ダイヤの入りのピアスやビトンの財布とか、ボーイフレンドからもらってたようです。そのビトンの財布が色々訳ありでお払い箱になって、数年前から私の家に来ていました。しかもまだ新しい。私が今までお財布を買わずにいられたのは、ある物を使ってきたから。それがもうダメになりいよいよ購入という時に、あ、そうだ!使いにくいけどあれがあったと取りだしたのが、姪っ子が要らなくなったビトンの財布。昨年あたりからこの財布を何気なく使っています。これが、ダメになったら今度こそ購入しなくてはならないのだけれど、大体私はブランド品はさっぱり興味なし。使いやすいものが一番だと思っています。 |
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| 2005年2月10日 (木) |
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川越の辻講釈の日は寒かったです。疲れのせいか前日から風邪の予兆はありましたが、辻講釈からの帰りに熱が出て来ました。ひょっとして辻講釈のお客様に、風邪をうつしてしまったのではないかと心配です。その日はアイスノンして早く寝ました。でも、こういう日に限ってグッスリ眠ってるところへ深夜の12時に電話で起されて、もうずーっと一睡も出来なくなってしまいました。熱で身体は怠くて寒いので、なおのこと眠れません。 間の悪いことに昨日は木遣り連の取材が入っていて、稽古も出来の悪い私の予定に合わせて日程を取ってくださったので、何としても頑張らなきゃと無理して出ていきましたけど、夜の踊りのお稽古は残念ながら休みました。木遣り連の先輩方には本当に、ご迷惑ばかりおかけしており申し訳ないです。来週は「かぶら矢会」、宝井一門会と大変な高座も待ちかまえています。早く風邪を直さねばなりません。 |
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| 2005年2月4日 (金) |
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この間、郷里に帰った時に母親からもらった祖母のモンペ、昔はこんなのが店先にいつも並んでいたそうです。ひも付きの、洗えるポリエステル素材ですから惜しげもなく使えます。昔、おばあちゃんはいつもこのモンペを身に付けて畑に行ってましたっけ。
今月は住吉の稽古に出ています。昨日も稽古に出て、少しずつ細かいところがわかりかけてきましたし、お師匠さんからは、まだ教わっていない踊り「ナスカボ」を稽古してもよいと言われて嬉しかったです。それに住吉の先輩から梅のお着物や風呂敷をいただきホクホク顔。ちょっと疲れ気味だけど、ここは頑張って来週もお稽古に行かなくちゃ。素敵な先輩方ばかりで刺激にも勉強にもなります。
着物の整理をすると、必ずシミ抜きや洗いに出すお着物も出て来ます。着物は、これがお金が掛かるんですよね・・。あ、明後日のもへい寄席でネタおろしをするんだった、大変だ、覚えなきゃ! |
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| 2005年1月31日 (月) |
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| 昨年暮れに出した年賀状が2通戻りました。一通は不注意から。数年前もそんな事があり、「真っ先に出しましたがこちらの不注意から戻りました」とお手紙を添えてお送りしましたら、その賀状が何と・・2等賞! 結構な品が当たったとのことです。それ以来、御利益あるかもしれない出戻りの賀状は、先方にお手紙を添えてお送りすることにしております。わっ!今年初めて「小包みセット」が当たりました、バンザーイ!カタログ見て何にしようかな・・とニンマリ。当たり賀状を送って下さった方にも一言お礼を〜。 |
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| 2005年1月29日 (土) |
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| 昨日は「花便り寄席」、トリで上らせていただきました。口慣れたネタにすればよいとは思っていたのですが、何故かここでも、日頃出来ないものをやろうと、まだ覚えきれていないネタを出してしまいました。私の場合、計算通りにいかない事が多いので、まだこれからという演題を出す時は気をつけなきゃ・・しかもトリなのに。でも一度決めたネタを、やっぱりまだ覚えていないからと変更するのはみっともないし・・意地でもやらなきゃ! 結局トリが飛ばずに落っこっちゃいました、トホホ・・。今日はこれから黒門町本牧亭の「土曜講談会」に参ります。 |
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| 2005年1月25日 (火) |
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梅桜亭から昨日帰ってきました。この一週間は北海道から新潟と雪国が続きましたが、お天気に恵まれた北海道はともかく、新潟は近年にない大雪でした。私たちは「雪もいいなあ」なんて悠長な事を言う事もできますが、そこに住んでいる人は大変ですよね。毎日の雪掻きだけでも大仕事ですから。 今日は早朝から埼玉県東松山へ。「きらめき市民大学」に呼んでいただき1時間半の高座。皆さん辛抱強く聴いて下さってありがとうございます。どうかこれからもお元気で〜! 今度は「ホタル帰る」をお聴きいただければと思います。次は4月下旬か5月頃にゆっくりと、名物の「牡丹」を見物して「焼き鳥」を食べたいですね。 |
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| 2005年1月20日 (木) |
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近頃は身体がダルイ疲れてる〜。このあいだ体重計に上がったら4キロも増えておりました。いい加減ベスト位置に戻さなければ大変です。実家の母が、疲れた顔と膨らんだ身体を見て心配して、体重落して夜深しに気をつけるようにと何度も注告してくれました。昨年は深夜2時や3時近くに床に就くことがよくありましたので、今年は健康の面でも注意しなければと思います。
さて、明日から新潟梅桜亭です。体力は使いますからきっと少しは減少する筈なのです。けどここは四六時中飲食してますので、甘い誘惑に勝たなくてはなりません。 |
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| 2005年1月19日 (水) |
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15日は寿司政寄席終了後、夜の便で札幌へ。ところがカフェインに弱い私は、コーヒーと好物のお茶の飲みすぎ?で、ホテルで一泊しても結局寝つかれないまま早朝のバスで苫前に向いました。良く眠れたら快適な旅でしたが、ずーっと疲れが溜っていたので良いコンデションで高座に上がれませんでした。それでも、メインの師匠と羽野さんがお客様を楽しませてくれましたので、好評のうちに終了となりました。「苫前温泉ふわっと」はとてもいい会場で、お客様も200名以上いらしてくださいました。ありがたいことです。 打ち上げでは師匠の顔より大きいタラバ蟹を2杯も差し入れて下さった魚屋Gちゃん、いつも有り難うございます。ちょっと変わったところでは旭川から、羽野さんのお知り合いで「FMりべーる」のパーソナリティをつとめる高田さん。そしていつも記事にして下さり、お世話になっている羽幌タイムスのT氏、それに私の同級生たちも。色々と弱気になってるところなので、地元の空気に触れて大声で泣きたい一日の幕切れでした。 師匠と羽野さんは17日早朝お帰りになり、私は一日だけ実家でゆっくり甘えてから東京の我が家に翌日遅くに戻りました。今日はこれから住吉踊りのお稽古に参ります。 |
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| 2005年1月14日 (金) |
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新年1月も半ばになりましたが、昨年の新潟中越地震に続いてスマトラの津波は悲惨ですね。その後からも次々に起こる災害に先行きの不安もあるものか、神社仏閣に参拝者が多いそうです。私も歴史の足跡探索含めて出掛けたお寺が4箇所も。ご利益どころか、神さまも風見鶏的参拝に呆れているかもしれません。 本来ならもう北海道に行ってる頃なんですが、明日は両国寿司政寄席(2時開演 トリが琴桜師匠)が終了してから夜に飛行機で札幌に行き一泊、翌朝高速バスで苫前に参ります。あしたは東京も雪になるとか、ギョ! それにしてもよく雪が降りますね。 |
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| 2005年1月11日 (火) |
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年賀状の配達にパラツキがあったようです。私のも元旦か2日に届いてもいいはずなのに、えらく遅くに配達されたそうです。一言、詫び状でも付いて届くのならいいのですが、残りものの賀状で出したみたいに思われてしまいそうで困ります。 今年いただいた賀状には、「真打ち目指して」と書いて下さる方が多かったのですが、これまで「真打ち」なんて雲の上の様に感じていました。しかし近ごろは、それほど特別なものだとは思わなくなりました。考えてみれば人が思うほど真打ちを意識してきませんでしたし、一つの通過点ですから、なってはじめて一人前ですね。ただ、古典や新作の「ホタル帰る」や「南極第一次観測隊物語」など、日本の歴史の中から価値ある話を、多くの人に聴いてもらいたいと願っております。今年は特に、新作を語れる高座が増えるといいですが。
昨日は愛宕山の「出世の石段」を登り、帰りには何年ぶりかな、東京タワーに寄って「南極の犬ゾリ」の銅像を見てきました。今年は「南極観測」「宗谷」「越冬隊」「カラフト犬」の活躍を広く世間に知ってもらう年にしたいものです。
しかし何故か今年は忘れ物が多い。持って行き忘れたり、電車内に置き忘れたり。年明けからこの10日間ですでにもう3度も大事なものを忘れています。この上は我を忘れないようにしなければね・・。 |
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| 2005年1月10日 (月) |
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そういえば、御年80代は雀右衛門さん、富十郎さんは70代でしたかね。間違えました・・ご免なさい! でも凄い、若いですね〜。新年からとんだ間違いを、こういうお仕事をされる方の年は、一つでも多く間違える事は失礼ですけど、でもこのお二人は、年をとっても元気なのがご自慢のようでもあります。 さて、今日は「愛宕山講談会」です。少し早く出掛けて年頭の願を込めて出世の階段を登りましょう。今回は成人の日ですから「戦国出世物語」がテーマです。 |
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| 2005年1月8日 (土) |
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初春歌舞伎を見てきました。「御ひいき勧進帳」雀右衛門の女暫と、御年80才の富十郎の弁慶が芋洗いと、どちらもエネルギッシュでした。今年はウーマンパワーに高齢パワーの年になるのではないでしょうか。ほな、わても頑張らんと! どこの人じゃ。 今日は川越の蓮馨寺境内での辻講釈でしたが、新年早々大粗相をしてしまいました。楽屋として使わせていただいている素晴らしいお部屋の廊下に、醤油をこぼしてしまいました。何故醤油が? と言うとこちらでは昼食にお寿司を用意してくださるんです。その頂いた後のお盆を下げる時に乗せたものがスルッと落ちて、何と罰当たりな事に醤油差しまで・・。ご住職様と大奥様、本当に申し訳ございませんです。とにかく新年から、お世話になっているお寺さんでショウユウ事をするなんて、これから先が思いやられますグスン。ちゃんと参拝して災難除けのお札もいただいてあるのに・・。しかし、境内には沢山のお客様がいらしてくれました。寒いのにありがとうございます。 |
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| 2005年1月7日 (金) |
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昨日で「新春国立名人会」木遣りは、木遣り連の先輩方にお世話になり支えていただきながら、無事終了となりました。 3月29日には住吉木遣り連「大江戸小粋組」旗揚げ公演が、国立演芸場で行われます。私も末席ながら出演させていただきますので、足手まといにならないように頑張らなくては。しかし、なんで私は愚図で不器用なんでしょう。よーく頭の中を通して話さないから意味不明な事を言ってしまうし、変な所で慌てて、おまけにあとを引くからつまらない事で目一杯疲れてしまう・・。これからは一年一年、充実した時を過せるように気持ちを引き締めないと。年の初めに反省・・。 |
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| 2005年1月5日 (水) |
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今年は元旦に本牧亭初席がありました。湯島天神では受験生でしょうか長蛇の列でしたが、黒門町あたりは人気がありません。もっとも、大雪の翌日ですからご年配の方は、滑って怪我でもしたら大変というので出掛けなかったということもあるんでしょう。少し寂しい初席でした。 2日からは国立演芸場「新春国立名人会」で、木遣りに出演させていただきました。しかし何だか、頭の中と身体の疲れは昨年から引きずっていて、新年の切り替えがまだ出来てないような状態です。
さて、今年は酉年、飛躍の年です。我が家には15年位前から河内成幸先生の、鶏がジャングルジムを飛んでいる版画とブルックリンブリッジの上を羽ばたいている鶏の大きな版画が飾ってあります。いつの日にか大きく羽ばたけるようにと。気掛かりな事はあれこれとありますが、気力を奮い起こしてこの一年間は「食べ過ぎず」「夜深しせず」「慌てずに時間は早めに」それと「忘れ物注意」・・等々と、こんな事を挙げていたらきりがありませんが、気持ちだけは新たに頑張ります。 |
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| 2004年12月31日 (金) |
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今日は自分の部屋の大掃除です。といっても着物など衣類の整理整頓がほとんどですけど。大晦日まで風邪も引かずにきたのに布のホコリで鼻水たらたら・・。
私は雪になっても驚かない北国っ子です。なつかしい雪の響きを聴きながら長靴で買い物に行ってきました。故郷の家族が皆、若く元気だった頃を思い出しました。来年は良い年になりますように! |
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| 2004年12月27日 (月) |
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年末に浅草の寄席というのは、芸人のはしくれとしては嬉しいものです。昨日は東洋館に出させていただきました。ほとんどが漫才や漫談やコントに落語、その中に今回は講談も。会場はとってもやり安い良い小屋です。ただ、前列のオジサンの咳が異様にうるさくて気になりました。これはもしかして、私の芸がイマイチだからかな〜・・、ネタの持っていき方とか、演題ももやっぱり初めに決めたものにしておけばよかったのではとか、後悔やら反省しきりです。でも、お笑いの先輩方の舞台を袖で見ることができ、とても勉強になりました。少し様子が掴めたので次回のチャンスに頑張るぞ! 帰りにお汁粉やさんの脇で、お猿の信太郎とツーショット。可愛いお猿さんを長いこと抱っこして、美味しいお汁粉食べてお猿と一緒に反省!
明日が薬研堀で張扇供養、これで年末の予定は終わりです。あ〜それと大事な師匠宅の掃除がありました。2日間自宅で熟睡したので旅の疲れもとれたところで、今日は我が家の掃除に掛かります。 |
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| 2004年12月25日 (土) |
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今日、雪の新潟から戻りましたが、休む間も無くその足で浅草まで用があり向かいました。帰りに仲見世や浅草寺あたりをウロウロ。年の瀬ですので、お正月の締め飾りなどを売る露店が目立ちますが、その割には人出が少ない。けれどそれなりに風情はありましたね。新潟から戻るといつものことですが、疲れが残ります。でも浅草に寄ったので、ひとときの気分転換になりました。 気分転換というと、昨日は梅桜寄席が跳ねてから4時間近く外出させていただきました。お世話になっている小川さん宅に伺ったり、大力納豆社長さんにご馳走していただいたりと感激のひとときでした。疲れてるので少々のお酒でも心地よくほろ酔い加減、ちょっとと冗舌だったかな・・。本来は被災者でもあるお二人の暖かい心遣いに、涙をふきふきタクシーで梅桜亭まで戻り、師匠にご報告しましたら「お前良かったな〜」と言ってくださいました。 今回は余震を2度程体験しました。凄い縦揺れ! この余震が二か月も続いたのでは、どれほどの心労があったことか・・・。それでも明るく前向きな姿勢ですから新潟の人は偉いですね。 しかし、今でもまだまだ大変なのに、世間ではついこの間の事ももう忘れてしまいそうになります。未だに地震に脅えながら新しい年を迎える、新潟被災地の方々がいる事を忘れてはいけないですね。そんな事を噛みしめながら、今年も残り少ない日々を意義のある時間にしたいと思います。さて、取りあえず今夜は爆睡します。 |
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| 2004年12月21日 (火) |
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目黒のパーシモンホールでシアター青芸の「The Winds Of God」を観てきました。特攻隊の話です。評判がいい芝居ですし、私も特攻隊の講談を演じているので興味がありました。作者は俳優の今井雅之さん。今井さんは「この話は反戦でも戦争賛美でもない」と言っており、その視点は「ホタル帰る」に通じるところがあります。 内容は、とても面白いものでした。でも、ちょっと改良の余地ありです。関係者の一人(音響担当)いわく、「自分としては羽野さんに音楽を頼みたかった」と。私も同感! でも羽野さんは、人の仕事を横取りするようなことはしないから・・。 実は「南極第一次観測隊物語」にもシンセサイザー音楽を入れたらという人もありましたけど、羽野さんは「講談では琴梅先生だけ」と仁義を弁えている人です。一本筋が通っている人は居そうでなかなか居ません。お母さんも骨のある方ですから、ようは教育、躾けが如何に大事かという事ですかね。 あ〜ん、うちは父親が酒飲みで、母がその父に手がかかり過ぎて子供どころじゃなかったんでしょう。ですから、お婆ちゃんお爺ちゃんの部屋に入り浸り、可愛がってもらいましたが、やっぱり楽な方に行っちゃつたのがいけなかったのかなー・・? お爺ちゃんのオナラでくさーいお布団で一緒に眠ってた記憶が・・。 さて、これから木遣りのお稽古です。何だか慌ただしいまま、明日新潟へと参ります。よーく眠っておかないといけないな、こりゃ・・・。 |
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| 2004年12月19日 (日) |
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先日は埼玉の東松山学園「いきがい大学」にお声をかけていただきました。午前中の口演なので時間も無く、ゆっくりと見物は出来ませんでしたが、懐かしい校舎の様な会場・・・実は結核病棟だったとか。行く途中、間違えて北坂戸という駅で降りてしまいました。気が付いて次の電車はと見れば、都内と違って本数が少なくだいぶ後。思わず冷や汗がタラー・・・。大慌てで会場に駆け込むと立て続けに二席(持ち時間2時間ですから)。でも、お客様も我慢強い方ばかりで、本当に申し訳ないやら嬉しいやらです。 この日は夜も入っていまして、岡部様企画(南風舎)「変人奇人の集い」で一席やらせていただきました。口演後にディスカッションがあり、色々とアドバイスをいただきました。皆様、頼もしい戦国武者のような強者ばかり。これからは色々とお知恵を拝借したいと思います。あ〜、忙しかったけれど実りある一日でした。
でも、この日は妙な日で、会場の入谷に行くには都営地下鉄線岩本町で乗り換えなのに、ついウトウト居眠りをして「馬喰横山」まで行ってしまい、引き返すことになりました。なにしろそこでの演題が「出世馬喰」でしたから・・・。 おまけに奇妙な偶然が! 東松山から帰りの東上線車内で斜向かいに座っていた二人が、なぜかその5時間後の都営地下鉄、丁度私がうたた寝から覚めた時、目の前に立っていたのです。おぼろげながら向こうも、「またいるよ・・」だって。ちょうと不思議ですね。そして気が付いて慌てて降りた馬喰横山では、リュックを背負って両手に紙袋を下げた一鶴先生に遭遇! 何でもお引っ越しなんですって、ご苦労さまです。本当に忙しくて奇妙な一日でありました。 |
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| 2004年12月13日 (月) |
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ちょっと早いけど昨日から暮れの掃除を始めております。何故かというと、今まで家電などが必要最低限しか無い家だつたのですが、とうとう瞬間湯沸器を購入する事になり、必要に迫られてお台所の大掃除までする事になってしまったのです。 そしてもう一つ、温水洗浄便座も! 今年の両親の上京には間に合わなかったけど、これなら痔病もちの親が来ても安心かな・・と。トイレが狭いので奮発してリモコン式の製品にしました。さて、取り付けが済んでいざ使おうとドアを開けたら・・あ〜ら不思議あら不思議、フタが勝手に開くのです。という事は出たら閉まってるんだ。そこまでしてもらわなくてもいいんだけど・・。これに慣れるとエライことになるかもしれません。手動のドアでも自動ドアだと思い込んでじーっと待つことがあるように、トイレでも・・・ね。我ながら贅沢なもの買ってしまったものだ。 高座で張扇が自動で叩きはじめたら驚きですね。有能な前座、いや便座に負けぬように私もお仕事がんばらないと。 |
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| 2004年12月11日 (土) |
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家の周辺にスーパーが、遠いの近いのとで3軒ある。そこにまた、今度は家の一番近くに大型のスーパーが出来た。ちょっと忙しかったのがやっと今日一段落ついたので、様子を見に行ってみました。土曜日なので凄い人だかりです。いくら高級マンションが建って住民が多くなったと言っても、これじゃあおりを食って潰れるお店も出来るんだろうな〜。便利になるのはありがたいけど、ちょっと同情してしまいました。
高座に掛けるチャンスのないネタは少しずつ機会があれば「ネタ出し」する。そうしないとなかなか覚えないのです。そういう意味では若手の新扇組や二ッ目の会は、一旦演題を決めると何が何でもやらねばなりませんから、初回は失敗に終っても、その後は自分にとっての得意ネタになることもあります。初回に入らしたお客さまには本当に申し訳ないのですが・・。今度は16日まで「赤垣源蔵・徳利の別れ」を、17日終了するまでまだまだ気は抜けません。 |
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| 2004年12月7日 (火) |
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ネタ出しするのは、何年も掛けてない演題や新ネタが殆どです。いつもギリギリになってから、血相を変えて覚えます。今日は「新扇組」(前座・二つ目の会)しかも一応はトリになってしまっているから恥ずかしかった・・。もう、いい加減懲りてる筈なのに・・これ、性格なんですかね。 今度は明後日のネタを覚えなければ。眠いけど、今日から少しやっといた方がいいな。明日は一日外出になるし、この反省をくり返さぬためにも、睡魔に負けないようにしなきゃ!
頂いた青森リンゴがまだ残っているところに、またお客様からミカンが一箱届きました。 果物だーいすきだから嬉しいです。一生懸命勉強したご褒美かな・・ありがたいです。一生懸命食べようーっと。 |
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| 2004年12月2日 (木) |
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「甘い言葉に気をつけろ!」これ子供ばかりじゃないですよね。不自然に割り込み、仲間に入りたがる人は何か魂胆がありますし、まず、相手の人間性を良く見極めなければなりません。 羽野さんのH.P.の「Essay」(12月1日更新)、先日の「ヨン様騒動」と「韓国ブーム」の裏側を、とても細かく分析しています。 http://www.geocities.jp/pneuma_jp/ その中に「韓国よ、私の姉を返せ!」というページへのリンクがありました。 http://natto.2ch.net/ms/kako/1003/10039/1003978299.html これは、見て驚きました。と言うか、恐ろしくなりました。皆さんも知っておいた方がいいと思います。 |
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| 2004年12月1日 (水) |
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新潟梅桜亭から月曜日に戻りました。今回の梅桜寄席は地震お見舞いにという事で木戸銭無料、それにお蕎麦の炊き出しがありました。浅草「駒形どぜう」の社長さんと課長さんたちがいらして、手打ち蕎麦の実演もありました。それは美味しいお蕎麦です。講談&落語とお蕎麦で皆さんにとっても喜んでいただき、師匠も嬉しかったようです。良かった良かった! 本当は今回、一日早く行きたかったのです。被災地でお訪ねしたい所がありましたので。でも前日は「講談祭り」がありましたから・・。梅桜寄席の一員として師匠と一緒に行く場合は、自分の時間はありませんので、被災地で気になるところがあっても出かけることが出来ません。今回は、残念ですけど・・・。 |
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| 2004年11月26日 (金) |
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今日から新潟梅桜亭です。新潟中越地震からあっという間にひと月が過ぎました。今回の梅桜寄席は木戸銭無料、そして手打ち蕎麦の炊き出しで被災した地元の方たちにも、元気を出していただこうという趣向です。 出来れば一番被害が大きく、そして「ホタル帰る」でもお世話になった小千谷市に行って、何か支援のお手伝いをと思っていました。しかし、自分で食料とテントも持っていかない限りは、ただ食いぶちが一人増えるだけ、かえって迷惑になると気がつきました。それに、自分の勉強会の後も忙しくなってしまいました。今回の梅桜寄席では精一杯、新潟の皆さんの笑顔に出会えるよう頑張ります。 どうぞ皆さん、楽しみにしていて下さい! |
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| 2004年11月23日 (火) |
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今日は愛宕山講談会で、忠臣蔵特集でした。私のはネタおろしの「大高源五 両国橋出会」ですが、なにしろ師匠から台本をいただいて一週間ほど。近頃は悲惨にならない高座を目指していたのですが、あ〜、ここは年内最後の高座だったのに・・・ぐやし〜い。 こういう時に限ってお客様は大入満員でした。師匠の演題は「徂徠豆腐」、やっぱりベテランは違いますね。来年の愛宕山講談会は1月10日(月)成人の日に決まりました。うわーい、嬉しい!まだ首が繋がってた。私も来年は新たに成人になったつもりで、梅星パワー発揮の年になるように精進しましょう。 羽野さんが「頭位幻暈症候群」という病気の症状がでたとH.P.にありましたが、心配です。今年は昨年に続いて、私の新作オリジナル講談の台本書きから著作権交渉、そして稽古の立ち合いと、私の分までハラハラさせてご心配をかけたからでしょう。いつも陰に日向に力を貸してくださる。こんな偉い方は滅多にいませんよ。早く良くなってくださいね! |
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| 2004年11月21日 (日) |
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此処のところ、寄席が3日間入っておりました。昨日は寿司政寄席です。いつも思うのですが、この会を主催して下さる寿司政の御主人や女将さん、それにお嬢さんと皆さんいい方ばかりです。江戸っ子の人情とか侠気を感じさせてくれます。それに、町内でこの会を支えて下さるお客様も。浅草もいいけど、両国もいいですよ〜。今度ゆっくり散策をしてみたいです。いま稽古中の「大高源五 両国橋の出会い」を次回、といっても来年になりますが、寿司政寄席でやるのが楽しみです。 さて一昨日、青森の方からリンゴを一箱送っていただきました。どうしてかといいますと、10月に青森県五所川原市での「ホタル帰るを聴く会」に来て下さったお客様からで、その方は特攻隊の生き残りの方の代わりに聴きに来られました。その特攻隊の生き残りの方は重い肝臓病で、余命幾ばくも無いという状態で、知覧で死にたいと言っておられるそうです。 特攻隊のことを書いた物が読みたいというご希望で、羽野誠司さんが資料を随分お送りし、それを読んで気力を奮い起こされたのか、奇跡のように回復。知覧までの旅も夢では無くなってきたそうです。「ホタル帰る」を演じたことがご縁となって、人助けにご協力出来たのだとしたら、講談師になって良かったな〜と思います。これからも、世の中の役に立つ話を演じていきたいです。 |
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| 2004年11月16日 (火) |
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新宿でたまに立ち寄るスタンドの抹茶ソフトクリーム、これ210円で美味しいんです。でも食べたあとは温かいお茶が飲みたくなる。もちろんそこでお茶も飲めるんですが、大きめの紙のカップで210円から250円です。コーヒーだと安いと思う値段ですが、お茶だと何か高い・・と感じるのは何なんででしょうね。私は日本茶が好きですが、お店で席がある訳じゃないんですから、せめて100円か150円くらいでしたらいいのにと思いながらお茶しました。 さぁ〜、これから義士銘々伝の台本を写そう。23日の講談会にネタ出しされてるので、これから覚えなければなりません。
それにしても、拉致被害者横田めぐみさんのご両親の苦しみ悲しみはどのくらいのものか。こんな現実を見ると、やみくもに反戦平和なんて軽々しく言えるものではないように思います。話しても通じない人は世の中にいくらでもいるんですから。この拉致問題も、話し合いで解決できるとは思えません。誰だってトラブルは出来るだけ避けたいです。でも、拉致被害者の方達は普通の日常生活の中で拉致されたのです。行っては危険だと再三注意されているのに、それを聞かずに拉致されたイラクの日本人青年とは違うのです。絶対許せないことです! そんな、毎日辛い思いをしている方から見ると、私なんか自分の事ですから、寝ないで覚えればいいだけ何と幸せなんでしょう。新潟中越地震の被災地の皆さんにも申し訳ないようです。本当に頑張ってください! |
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| 2004年11月15日 (月) |
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昨日は小田原に行って参りました。開成町の瀬戸家屋敷内にて、「わの会」主催の「あしがり郷 講談の夕べ」に師匠のお供でした。この屋敷の母屋は300年前のもので、そこで私も一席やらせていただきました。 この町は別名「あじさいの里」、その時期にはたくさんのあじさいが町を彩るそうです。駅前にある喫茶店の店先には、お店で使うハーブが何種類も植えてありました。師匠を呼んで下さるきっかけを作って下さったのは、この喫茶「You You」のご主人。素敵な七宝焼もやっております。私も一ついただきました。「うめぼし」はここに相応しい名前だと言われ、すっかりこの町が好きになりました。 寄席が跳ねたあとは町長さん自ら後片づけを手伝っておられました。まだお若い方ですが、なかなかの人物だそうです。これをご縁に、今度はあじさいの頃に訪れて見たいものです。 |
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| 2004年11月12日 (金) |
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近所の方のお誘いで、その方が借りている畑を見に行ってきました。そこは土地を6等分して6人が各人で借りて畑を作っています。ネギやブロッコリーやキャベツ、大根など。借りてる人によっては、よく手入れして上手く育てていたり、如何にも放りっぱなしだったり、また自分のところだけじゃなく隣の畑まで占領しようとしている我儘だったり様々です。 ここを貸している地主さんはとても親切な人で、クワなどの農具やトイレ、水道まで設備してくれているのですが、それでも道具を洗わず泥だらけのままで倉庫にいれたりと、好意を無にする人もいるそうです。
「はやとうり」をいただきました。黄色い小さなうりです。お味噌汁に入れたり、味噌漬けにするといいのだそうです。最近はスーパーや八百屋さんで、安心して食べられる物が少なくなりました。特に中国の生鮮食品はどうもイマイチ信用できませんので購入しないようにしています。野菜は少し高くてもやはり国産。しかし、国産といっても・・・こう信頼出来なくなると自足自給 ?? まぁ〜、今晩は「はやとうり」を食べてみよう。 |
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| 2004年11月11日 (木) |
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寝ぼけ眼で受話器をとったら逆さまだったり、一生懸命元気よく応対しているつもりでも寝起きとわかっちゃう。普段でも頭が働かないので、こういう時はもっとボケてるから、自分でなにをしゃべったのだか・・? でも、用件はちゃんとメモってありました。 しかし、「南極〜」覚えるのたーいへんでした。これが覚えられたんだから、ちょっとやそっとでは怖じ気づかないぞ! と言いたいところですが・・次の23日「愛宕山講談会」のネタ出しを師匠がされたそうです、私の分まで。これが何と新ネタ! と言う事は、10日足らずで覚えないとならないという事ですか?? 間に合うのでしょうか・・トホホ。それにまだ、本が手元にないのです、グスン。 あ〜、一難去ってまた一難です。 |
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| 2004年11月9日 (火) |
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やっと勉強会の疲れが取れて来ました。いつもの事ですが、間際になってから大慌てで一時間もの大ネタを詰めこんだものですから・・。少しは賢くならねばとつくづく身にしみました。 しかし、もったいなかったです。「宗谷」を真横に眺めながらの「南極第一次観測隊」の話ですよ。まさに、船の科学館のために羽野さんが書いてくれた本という感じでした。偶然うまくつながったとは言え、これは本当に凄い縁ですよね。おまけに、第一次から第五次までの宗谷の乗組員だった三田さんという方が、最後に大変感動的なご挨拶をして盛り上げてくださいました。この方は特攻隊の生き残りでもあり、戦友の遺品を持って宗谷の舵を取られたそうですが、貴重な越冬隊員の寄せ書きまで披露して下さいました。船の科学館の皆さんも、高座の準備まで行き届いていて、とても有り難かったです。 そんな、最高のロケーションでの会でしたのに、良いコンディションで望めなかったのは私の要領の悪さから。何せネタは高座百ペンと云いますが、その初回ですから、もう少し計画的に準備しなければ。この話は「ホタル帰る」と違って前編と後編に分ける事が出来ますので、チャンスがあったらどんどん掛けるようにして行こうと思います。 それに「宗谷」や「南極」関係の皆様には、よくぞここまで取り上げてくれたと応援して下さる方も随分おりますので、今度こそご期待に応えなければ、頑張りまーす! |
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| 2004年11月7日 (日) |
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本日は第8回「すっぱいは成功の会」、船の科学館・羊蹄丸のホールでの「南極第一次観測隊物語」。何だか心残りな高座でしたが、羽野さんのシンセサイザー演奏とトーク、そして今回の演題の良さと、終了後にご挨拶いただいた南極第一次観測隊の一員の方のお話に助けられて、何とか終了いたしました。 この度は特に、勉強会が近づくにつれて色んな事がありましたが、こんな責任重大な題材を取り上げているのですから、余裕を持って準備するべきでした。間際の詰め込みは本当に身体に悪いです。反省.と後悔・・・。でも、この「宗谷」を何とか、守らなければという気持ちが、一層強く感じられた日でもありました。寝不足が続いてます。とりあえず今日はゆっくり眠りましょう。 |
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| 2004年11月6日 (土) |
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「南極第一次観測隊物語」初演までに、私の周りで色々な事が起こりましたが、第八回「すっぱいは成功の会」いよいよ明日が本番の日です。地震で被災した方、大手術を行った方など、日頃私を応援して下さった方の様子が気になりますが、今はこの作品をやりとげることに集中しなければなりません。 ズシーン バリバリバリ ドドーン! これ「宗谷」が南極の氷を割って行く音
はー、かなりの大作ですからヱネルギーが要ります。それだけやり甲斐があるし、聞き応えもあります。 |
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| 2004年11月2日 (火) |
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あ〜、また悲しい事が起こってしまいました。お世話になっている方が突然の病気で、難しい手術が行われるとの事です。某会の会長さんでしたので、「いきがい大学」や「新年会」にも呼んでくださり、ずいぶん勉強させていただきました。 私は普段お酒を飲んだりしないので、殆どお付き合いらしいこともしていないのに、私の勉強会には、毎回お仲間の方をたくさん誘って来て下さいました。手術の成功と、回復をお祈りしています。必ず良くなって、また皆さんと一緒に緑川のお酒を飲みましょう! |
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| 2004年11月1日 (月) |
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あ〜、とうとう11月に突入。被災者の皆さんの安否を気にしながら、私の勉強会まで残るところ7日間となりました。 昭和31年に、130人の男達と22頭のカラフト犬と1匹の猫と2羽のカナリアを乗せて「宗谷」が出港した日の前日が迫ってきます。この新作オリジナルは、前半のみ練習でかけてみたことはありますが、一席の講談としては今回が初演となります。協力して下さった船の科学館はじめ多くの方の期待もあり、責任重大! 近づくにつれて、地球が日本が大変な事だらけです。その事を踏まえながも、この話は色んな意味で活力をもたらす作品と思います。南極観測隊でも学者以外に山男が活躍しますが、羽野さんのお友達、山岳カメラマンの武藤さんのお仲間が、小千谷市の被災者支援に乗り込むそうです。こんな志の高い方々もいるので日本も捨てたものではないと嬉しいです。どうかどうか宜しくお願いしまーす! しかし、何で私の大事な会が控えている時に、こんな大変な事が起きたのでしょう。かえすがえすも・・・。 |
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